ならし運転…で「どこ行こう?」の旅 その1

1日目(3月22日)

 ならし運転…最初の800kmは4000回転、もう800kmは6000回転以内でってハンドブックに書かれている。
 その足かせを外すまった。

 前に訪れ「残念」だった場所をリベンジしようと考えた。

 色々あるが選択したのは「富士山」であった。
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 これは「薩埵峠(サッタトウゲ)」。※ 前回の訪問はコチラ
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 静岡市清水区にある峠で、駿河湾沿いに走るJR東海道線国道1号、また、それに交わる東名高速道路の背後に越しに見える富士の山が有名な場所(サザエさんのオープニングでも見たことないですか?)

 今回は、綺麗に見ることができた。
 ※ 写真では伝えられない美しさだ(て言うかそんな技術もなのだが…)

 続いて、山梨県で名水100選の訪問漏れ(二か所)があったので、そちらを訪問した。

それが、
 白州・尾白川
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 話から逸れるが途中の道路が真っすぐで景色最高
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話が戻って、もう一つの名水八ヶ岳南麓高原湧水群
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 ※ 大滝湧水

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  ※ 三分一湧水

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 この説明文よると「女取湧水」というのも湧水群に含まれ、この近くらしく向かったのであるが、かなりのダートコースで途中断念した。(ここはジムニーでまた)

 で、次にどこ行こう?

 富士山をバックにバイクの写真が撮りたくなって、山中湖を訪問(かなり戻る感じ)したが、

 残念な結果に
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 ※ 富士山雲隠れ、加えての逆光… 

 もう、5時を過ぎてしまっているし、寝どこも考えないといけないので、この場で宿を検索しながら、雲が晴れるのを待ったけど、雲は増えるいっぽうでめた。

 宿は「じゃらん」で検索し、静岡県の沼津で宿泊することにしたのでした。
 ※ 当然、朝食バイキングで検索!


 続きます

そして旅に出る

 長距離走りたくてウズウズしているけれど、だにサイド・トップケースのフレームがかない。

辛抱たまらずバッグ購入
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 ※ デグナーのシートバッグ

・・・

ることに。
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 実はもう帰宅してますが、只今、写真の整理中につき…

こんもりお山の可愛い棚田

大中尾棚田
 長崎県長崎市(平成28年9月27日訪問)
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 道中、案内看板が沢山あってうことなく来れるであろうが、駐車場が棚田の中腹にあり残念ながらこの場所での景観が最もいので、全景を見ることなくこの場所で帰ってしまう人が多い(実際に私が観ている間にも車が3台来るが、すぐに帰っていた。)。

 小高いこんもりとした山みたいな形をした棚田が愛くるしい棚田である。
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 石積等の貴重な農村景観を残す地域でもあるのだけれど、それだけに残念に思う。
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平戸瀬戸を望む松浦水軍の城

平戸城

 長崎県平戸市(平成28年9月27日訪問)

 平戸城は、別名「亀岡城」と呼ばれ、平戸瀬戸に突出した平山城で松浦氏の居城として知られています。
 1599年(慶長4年)に松浦鎮信によって日之嶽城として築城を開始しましたが、完成間近となった1613年(慶長18年)に徳川幕府への配慮から自ら城に火を放ち焼き捨てました(これで平戸6万石と民を守ったのだ)。
 その後、鎮信は御館を建築して平戸藩庁として代々の居城としました。
 江戸時代中期に入り、5代藩主・松浦棟は東シナ海警備の必要性もあり、1704年(元禄17年)2月に日之嶽城跡に城の再建を開始し、1707年(宝永4年)に完成しました。再建にあたっては山鹿素行の軍学に沿って縄張りされましたが、赤穂城と並び、数少ない山鹿流による城郭です。
 廃藩置県後の廃城令により廃城となり、翌年、現存する狸櫓北虎口門(搦手門)を残し、城の建物は解体されたが、現在、城跡は亀岡神社の境内や亀岡公園として整備されており、模擬天守や櫓が建てられています。
 その天守閣からの眺めは素晴らしいです。


二ノ丸跡
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乾櫓
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 ※ 売店になっている。

地蔵坂櫓
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北虎口門(唯一の現存木造遺構)
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 ※ 外側

狸櫓
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 ※ 外側

本丸門
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 ※ 外側

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 ※ 内側

天守閣(元々は二重の沖見櫓だったらしい)
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 ※ 東面

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 ※ 北面

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 ※ 西面

南面は海に面している


天守からの
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 ※ 見奏櫓を見下ろし平戸瀬戸を望む

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 ※ 小さい島は黒小島で原始林は天然記念物とか

見奏櫓(けんそうやぐら)
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懐柔櫓
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大手門跡
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おあずけ

 先日、オーストリアから荷物が届いた。
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ってました。」と開封
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 ヘプコ&ベッカーサイドケースだ。

 あと、トップケースも注文してあるのだけど、これはまだ届かない・・・と思っていたら2日後いた。
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 個人輸入って初めてするし、国際郵便局から何度も電話がかかってきて、「荷物番号を教えろ」と税関から指示があっただの「関税がどうの」とか何かとストレスがかかったけど、終わればいい勉強になったし、少しもした。

 三つ並べるとこんな風で、
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 細かいこと言えば、トップケースにこのようにバックレストを取り付けるのであるが、
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 どうやら、ネジ穴を開けないとダメなようなので、後日に先送りとした。
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 何故かと言えば、これらを固定するステーはバイク屋さんに取り付けを依頼している(ヘタに触りたくない)のであるが、ものがかないからである。

 時間はタップリあるようなので、焦らず良いものに仕上げていこうと思う。

 取り付け全てが完了すれば、バイクはこんな風になる。
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 日本全国津々浦々、どこでも行きまくるぞ~ってな感じだ。

玄界灘の夕日に映える棚田

土谷(どや)棚田(平成28年9月27日訪問)

長崎県福島町
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 玄海灘と大飛島・小飛島を背景にして観ることができる棚田。
 夕暮れ時にこのような写真が撮れるようで人気の棚田らしい。
土谷棚田
 ※ 「どや! ええ写真やろ。」 と親父ギャグ

 4月~5月にかけてが水鏡に夕映えでベストショットが撮れそうだ。
 訪問時が午前中(朝の8時)で残念だが、また機会があれば是非訪れたいものだ。

勝頼公がこちらに来ていれば歴史は変わった?

岩櫃城(群馬県吾妻郡東吾妻町 平成28年5月18日訪問)

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 真田丸のオープニングで見たことのある岩櫃山
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 の東側に位置したお城で、甲斐の岩殿城、駿河の久能城と並んで武田領の3名城と称され、真田幸隆、真田昌幸が城主をつとめた城としても知られています。
 築城時期および築城者については諸説ありますが、1405年(応永12年)に斎藤憲行が築いたとする説や真田氏による築城だとする説もあります。
  沼田を真田氏が攻略したのちは、その支城として扱われました。
  織田信長による甲州征伐の際、昌幸は武田勝頼に新府城から岩櫃城に逃るよう奨めたものの、勝頼が小山田信茂の岩殿城へ逃げることを選んだため武田氏は滅亡しました。(このへんは「真田丸」でやってました。)
 その後、真田氏は豊臣秀吉や徳川家康に従属して大名として生き延び、岩櫃城も存続しましたが、幕府よる一国一城令により廃城となりました。

堅掘
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中城跡
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二ノ丸跡
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二ノ丸と本丸 間の
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本丸跡
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初陣

今日、めてのツーリングに行ってきました。
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 行き先はツーリングと言うには大層過ぎる程近場の「真田ミュージアム

 去年訪問(詳しくはこちら)し、未完成であった和歌山県は九度山の新しい名所だ。

 シッカリ歴史勉強をして帰りました。

小田原征伐の引き金となった小さな山城

名胡桃城跡平成28年5月18日訪問 ※ 早くしないと1年越しになってしまう…

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 ※ 本郭にある石碑

群馬県利根郡みなかみ町(旧月夜野町) 

 東西を山に囲まれたこの辺りは、鎌倉時代から戦国時代にかけて沼田氏が支配していたが、戦国時代の天文の頃、小田原の北条氏が進行し支配する。
 続いて永禄3年(1560)越後の上杉謙信が三国峠を越えて進攻し、沼田城を手中にするが、天正6年(1578)上杉謙信が春日山城内で急死すると、再び北条氏が沼田に進攻し、北条氏の支配となる。
 その後、武田勝頼の命により真田昌幸が吾妻の岩櫃城、利根に入って名胡桃城を始め山城や砦を攻略し天正8年沼田城を調略し、勝頼の死後、一時的に織田方の滝川一益支配となるが、本能寺の変を機に昌幸が上手に奪還。
 その後、真田氏と北条氏の間で攻防が続くが、真田丸で言うところの矢沢のお叔父上が護り続け、その後、天正17年(1589)、関白豊臣秀吉の調停で東と赤谷川の左岸を北条領、西(名胡桃城)を真田領とする裁定を下したが、北条氏の沼田城代となった猪俣邦憲が調略により名胡桃城(城将の真田昌幸家臣 鈴木主水は割腹)を不法に攻略してしまった。
 この名胡桃事件に激怒した秀吉は、大名間の私闘を禁じた惣無事令に反したとして、天正17年11月北条氏に対して戦いを宣し(宣戦布告)、全国の大名に命じて小田原攻めを開始し、天正18年小田原の役が勃発した。 名胡桃城は、北条氏の滅亡後、役割を終え廃城となった。
 という歴史から、戦国時代の終焉を呼んだ城とされている名胡桃城です。

 連立式の山城で、駐車場からまわった順に紹介すると、

馬出
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 ※ 三の郭前にある出丸のようなもの。

この土橋の先が三の郭
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 ※ 先に二の郭が見える

 三の郭と二の郭の間(二の郭南虎口)は喰い違い虎口となっている。
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 あいだの堀切
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二の郭
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 ※ 8棟の建物跡が発見されているとか

二の郭北虎口
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本郭
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本郭から見下ろすようなかたちで、北側にささ郭がある。
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 ささ郭は本郭の出丸のようなもので、見晴らしがく、沼田城も見渡せたようだ。
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 ※ 正面が関越自動車道 月夜野I.C、右側が沼田城跡

 綺麗に整備され、散歩にもよいお城だと思った。
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 ここにも「真田丸」効果が…

ようやく…

本日、いきなりの納車となりました。
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 ※ ようこそ我が家へ!

 バイク屋さんにこのパーツを付けてもらおうと、自転車移動中に「整備完了しましたよ!」と電話が入る。
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 ※ 荒木エフマシン マウントベース

 付けるとこうなる。
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 これで今持ってるラムマウントが使える!


 バイク屋さんにヘルメットりて家までってった。
 その時の写真が初めのものだけど、家までこんな恰好で乗ってきたもんだから、
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 ※ この前買ったビンディングシューズ

 いくら今日暖かいと言えども、とてもかった!

でも、しくて、うかれっぱなしの一日でした。
プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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