「武士道とは死ぬこととみつけたり」 葉隠を生んだ外様のお城

佐賀城

 佐賀城(さがじょう)は、佐賀県佐賀市にあるお城。

 古名は佐嘉城。別名、沈み城亀甲城
 
 佐賀藩祖 鍋島直茂が慶長7年(1602年)から築城を始め9年後の慶長16年に完成し、以後、11代鍋島直大まで約260年の間、外様大名でありながら安定したの藩政がこの場で行われた。

 駐車場から苔生した石垣を左に見ながら、城門に向かう
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 屋根の両端に青銅で造られたが載ることで、この城門は「鯱の門」と呼ばれている。
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 ※ 青銅のシャチ

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 ※ 門正面

 この二重二階の櫓門にくっ付いて一重二階の続櫓「鯱の門接続
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 それぞれ重文に指定されているそうで、この城門には明治7年の佐賀の役で受けた銃痕が今も残っていた。
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 ※ 門内側

 門をくぐると、綺麗に復元された本丸御殿(復元)が姿を現す。
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 ※ 写真1枚に収めきれないくらい大規模な建物。

 現在は佐賀城本丸歴史館として一般開放されている。

 正面玄関は「御玄関」と呼ばれ、藩主等の特別な人しか利用できなかったそうであるが、現在は歴史館の入口として、あちゃら製のアームストロング砲や砲身の短い大砲「モチール砲」が飾られていた。
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 ※アームストロング砲

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 モチール砲の 左側は佐賀藩でコピーした作品らしく「冠軍(カングン)」の銘が入っていた。
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 本丸御殿に入ると、「お雛さん」が飾られていたが、
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 ※ 月末まで「真多呂人形ひなまつり」開催と書かれていた。

 この御殿の規模が大きいこと・・・

外御書院北廊下
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 ※ これで廊下ですと!

外御書院
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 一之間二之間三之間四之間を合わせると320畳の大広間
 お世継ぎのお披露目等の公式行事が執り行われていたそうで、天保9(1839)年の本丸完成披露の際には1000人の家臣が一堂に会したそうだ。

御座間(ござのま)
 藩主 鍋島直正の居室
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 ※ 結構、質素だ。

 外に出て

 御玄関の反対側
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 ※ まだ復元されて内部部分も沢山あるとか…

南西隅櫓台
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 ※本丸側から見る

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 ※ 外側

 綺麗に積まれ、いかにもくさい復元かと思ったが、切り石による「亀甲乱積」という手法の石垣らしい。

西側土塁石垣
 南西隅櫓から天守台までは外側が石垣で内側が土塁になっている。
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 この土塁石垣を潜る水路があった。
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 ※ 飲料水等を運ぶ施設であったようだ。

天守台じる石垣 
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天守台石垣
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天守閣跡
 享保11(1726)年に天守閣(本丸・二の丸・三の丸も)が焼失したが再建されることはなかったそうだ、賢い藩主は天守閣を無駄なものとし、藩政に必要なもののみ再建したらしい。
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天守台から見る鯱の門駐車場
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 ※ ○ が我がR12Cちゃんだ。

 でぐるり1周完了。

手抜き(サンルーム)

の更新が4月20日

それから2カ月と少し、こんな感じ。
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2 か月の間更新することなく写真だけ撮り続けていたけど、今となっては、とてもじゃないが日付ごとに紹介できない。

申し訳ないが、手抜きで現状報告


梅雨で作業が進まない・・・

二年越しのチャレンジ

 今日いた。
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 けるとそこには
 モトフィズシートバッグ(MFK-100)
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 たぶん一番小さいサイズ
 子供のランドセルべてもそんなに変わらない。
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 過去にこのシリーズの一番デカイバッグを使ったことがあるが、その収納力は大したもんで、このバッグにも実はテントマット寝袋を入れてある。
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 このバッグはさらに両サイドに5センチの計10センチ伸びるようだ。

・・・で何がしたいのかと言えば、ソロツーリングキャンプだ。

 前から行きたい行きたいと道具だけ揃えて、あと一歩の勇気がなく計画倒れに終わっていたが、今年こそデビューしようと、梅雨真っ盛りの今、ああでもない、こうでもないとクスぶっている次第だ。

 ツーリングキャンプと言っても、全くの初心者なので次の目標だけclearできればと思っている。

1.自炊(最悪ラーメンでも可)
2.焚火
3・寝転がって星空める
4.テント内で寝袋に入って就寝
5.朝にはホットサンドとドリップコーヒ

 以上の5点

 この目標達成のために、仮想で荷造りしたのだけれど、今使っているR12Cのサドルバッグだけではどうしても収納しきれないので、今回の購入に(浪費?)に至ったが、このバッグの取付するにあたり、この部分に乗っけると少々不安定に思えるので、少し細工をしなければと思っている。
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どうしようかな~?

大陸侵攻の拠点となった陣城

太閤が 睨みし海の 霞かな
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 ※ 本丸にある石碑。昭和の俳人 青木月斗が詠んだ句だとか…

 太閤さんはどんないで海の向こうをたのだろう?(凡人の私には想像もできない…)


名護屋城(なごやじょう)は、肥前国松浦郡名護屋(現在の佐賀県唐津市(旧東松浦郡鎮西町・呼子町)、東松浦郡玄海町)にあった城。

 行く前に事前調べしていた内容は次のとおり。

 ・ 豊臣秀吉の文禄・慶長の役に際し拠点として築かれ、秀吉も1年あまり在陣しました。

 ・ 名護屋城は波戸岬の丘陵(標高約90メートルほど)を中心に170,000平方メートルにわたり築かれた平山城の陣城であり、本丸・二の丸・三の丸・山里曲輪などを配し、本丸北西隅に5重7階の天守が築かれ、周囲約3キロメートル内に120ヵ所ほどの陣屋がおかれていた。(現在23の陣跡が残る。)
 
 ・ 城の周囲には城下町が築かれ、最盛期には人口10万人を超えるほど繁栄した。

 ・ 築城は1591(天正19)年に始まり、諸大名による割普請(わりぶしん)によってわずか5ヶ月程度で完成したといわれています。

 ・ 江戸時代の初期に破却(はきゃく)されたと考えられ、石垣が広範囲にわたって崩されている。
 
城の模型 
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 ※ 名護屋城博物館で撮影

 とにかく規模がハンパないぐらいでかい

 とりあえずまわった順に写真で紹介したい。

大手口正面 
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 右側に登城坂と呼ばれる長い坂があり、三ノ丸から本丸へと続く。
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左側を見ると
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 本丸のず~と長い長い石垣が右手に、そして左手には「城のかげ溜池」が見える。

 本丸は後回しで(美味しいものは後にする)、左に進路をとる。
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 いたる所で崩された石垣が見られるが、野面積みが素晴らしい。(突貫工事とは思えない。)
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 右手に搦手口が見えてくる。
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 入ればそこは弾正丸
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 そこから一度、外周道路に出てひた歩き、船手口に至る。
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 入ればそこは、二ノ丸
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 再び外周道路に出て、今度は水手口に至る。
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 入れば水手曲輪(本丸北側にあり、本丸の雨水をこの曲輪に集めたとのこと)
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 ※ 右手が本丸石垣

 更に進んで遊撃丸へと至る。
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 180度方向変換し、左手に山里丸を見ながら歩き続けると三ノ丸に至る。
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 ※正面に井戸跡があった。

 三ノ丸から本丸に至る間には、本丸大手門があったが、
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 秀吉の死後、城の役目を終え、この場所の門を伊達政宗青葉城移築したとか…

 更に歩いて本丸へと進む。
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 中央にある碑には「名護屋城址」と刻まれていた。
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 本丸の奥へと進むと天守台に至り、
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上から見れば今まで歩いてきた所の位置関係がよく判った。

二の丸跡
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遊撃丸跡
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 ちなみにこの方角に見えるだけでも、これだけの大名陣屋があったらしい。
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 ※ オールキャストや…

拡大
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 天守台左手には、武器食料の倉庫として使われていた多聞櫓跡があった。
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 その後の道順を忘れてちゃった(もっと早く整理しないとといつも思う。)ので、わかる部分だけ紹介させて頂きます。

 山里丸を上下に分けていた山里口
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山里丸・・・今は、広沢寺の言うお寺がある一帯であるが、
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秀吉が生活した場所とのことで、上山里丸には茶室能舞台庭園があったといわれている。(と書かれていた)
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 あと道路を挟んで台所丸と言うのがあった筈なんだが、写真がどれか判らない。

 あまりに規模が大きすぎて、キッチリと回るには1日では足りない

 また、今ではバーチャルリアリティを活用し、隣接の名護屋城博物館タブレットを借りて色んなところを再現してみることが出来るそうだ。
 ※ バーチャル名護屋城、料金はたったの400円とのこと。


 「時間があれば…」と悔やんでも仕方ない。

 「また、来よう」と思った次第だ。(その時は各大名陣所も是非…)
 追伸
 駐車場も城跡めぐりも、はたまた博物館も全て無料で、佐賀県さんの心意気を見せてもらった。「あっぱれ」である。

 それと、最後になりますが、整理しきれずグダグダな記載となってしまい、申し訳ありません。

ブレーキパッド交換

 バイクで走っていたら「シャ~コ・シャ~コ」と変な音がするのでディーラーさんに行った。

 2mぐらい手で押して「これはブレーキパッド交換ですね!」とのことで、その場で交換してもらった。

 手際良い作業で、1時間もかからず完了

 これが前輪のブレーキパッド(4枚)
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 ※ 上が新品

 まだいけるような気がしたが、ちょうどこれ位が交換時期とのこと。

 で、これが後輪のブレーキパッド(2枚)
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 これはさすがにいもんだ、跡形もない…

 でも、それより酷いと思ったのは、写真の伝票でも判るように、このディーラーで車検を受けて3か月も経っていないのに、「その時に判らなかったのだろうか?」「ほんまにチャンてくれたの?」という疑問がわいたのと、工賃の高さだ!
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 ※ 時給1万円以上になる…

 相場が判らないため、何も言うことなく懐から諭吉君英世君が旅立っていたが、こんなもんなのだろうか?

 これから節約しないと給料日前で少し辛い

城と同じ石垣をもつ棚田

浜野浦の棚田(玄海町浜野浦)

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 この棚田は浜野浦に流れ込む浜野浦川によって形成された浸食谷に階段状に作られたそうだ。
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 写真で判るように、段々の石垣は自然石をそのまま使用した野面積みであり、なんと秀吉が朝鮮出兵の際に拠点とした名護屋城の築城に際し近江の国から呼び寄せた石工のプロ集団である穴太(アノウ)がそのままこの地方に住みつき、その子孫となる石工職人によって築き上げられたとのことで、言わば城と同じ(穴太積みの)石垣をもった棚田だ。
※ 穴太積みは過去に何度か紹介させて頂いた。

 横道に逸れたが、玄海灘を背景にした景観は素晴らしく、特に田植え前で水鏡に夕日が映れば朱色に染まって幻想的な景色となるようだ。
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 ※ ネットから借用写真

 また、夜には漁火で、これまた「いとおかし」の景色とのことである。
 ※ 紹介したいが、写真を探せなかった・・・

玄界灘の島々が点在する海を臨む棚田

大浦の棚田(唐津市肥前町)
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弘法大師がこの地の美しさにげたと伝えられている玄海国定公園「いろは島」を背景にしながら、眼下に約1000枚の壮大な棚田を見渡すことができる。

れていたら、さぞ素晴らしい景色だったろうに…

棚田の上部には棚田を取り囲むように車道があるため、そこからいろは島を背景にした棚田の全景見下ろすことができる。
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四方八方からダム湖に注ぎ出る清水(竜門の清水)

竜門の清水(←セイスイと読むようだ。 佐賀県西松浦郡有田町広瀬山)

 西松浦郡は佐賀県の西部にある郡で、有田町はあの有田焼で有名なところある名水
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 ※ ダム湖上流の橋の上から撮影

 県立自然公園である黒髪山系からの湧水で、鎮西八郎為朝の大蛇退治等の伝説のある地域にある。

 うっそうとした原生林と奇岩をぬって流れ、竜門ダムに注ぐこの清水は、地名の竜門峡から竜門の清水と名づけられたとのこと。

竜門峡の名のとおり、ダム湖の周りは断崖絶壁であるが、
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 よく見るとその断崖のいろんなところから流れ落ちていた。
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 ※ これをアップすると…

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 ※ こんなところから、みたいな… 

 また、水をんでいるもいろんな場所で見られた。
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秋と一緒にまた訪れます!(江里山の棚田)

江里山の棚田(佐賀県小城市小城町岩蔵江里山)
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 全国農村景観百選にも選ばれている。

 棚田の中には民家が点在していてそれぞれの家に至るがあちこちにあるので、それらを利用して散策することができる。

 には赤い彼岸花がいっせいに咲き誇るとのことで、
(参考写真)
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 ※ ネットで借用…

 「何でこんな時期に訪れたのか!」と農家のおばさん注意されてしまった。(3月10日の訪問)

 「また、来ます。」と言っておいた。

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関東地方攻略の旅(その5)

5日目(5月19日・最終日)

 前橋市の隣にある高崎市の「ビジネスホテルたきざわ」さんで目が覚める。

 よく

 でも、時計を見ると5時30分

 二度寝もできず、悶々と時間を過ごすも10分限界

 ホテルのオーナーにお願いして、散水栓を借用し洗車する。
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 ※ 3日目の大雨でドロドロだったので嬉しかった。

 洗車を終えて、朝6時30分から朝食が用意されていたので「シッカリ」頂く。

 手作りの健康バイキングとのことで、美味しくておかわりすること多数
 ※ 私の場合、何を食べても美味しいので幸せだ。

 これで宿泊費4100円はお値打ちだ。

 「ビジネスホテルたきざわ」さん、ありがとう(お礼に宣伝となっただろうか?)

 8時になって宿をあとにし、向かったのは100名城の箕輪城(高崎市)
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 続いて向かったのが、名水の雄川堰(オガワゼキ 甘楽郡甘楽町)
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 ※ 桜並木が続いていて、春は花びらが流れて綺麗だろうと思う。

 これで今回の旅、すべての目的地は訪問したが、群馬県と言えばこちらも訪ねないとと思って、20分少しの移動で到着したのが、世界遺産となった「旧富岡製糸場
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 からの製糸行程なんかを実演で見せてもらったりして、
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 すんごい勉強になったが、入場料いのでは?と思ってしまった。

 1000円払って、さらに1000円を払わないと入れない施設がある。

 見学だけなのに…

 保全・修理に費用はかさむかもしれないが、将来的に来場者を確保できるのだろうか?
 
 少なくとも私は再度訪れることはないだろう。


 最後に嫌な意見を述べてしまったけど、今回の旅はこれでオシマイ


 あとは、家路を急いで家族の機嫌をとらないと…

関東地方攻略の旅(その4)

4日目(5月18日)

 朝6時半,友人の出勤にあわせて、感謝としばしの別れを告げて栃木県方面へと出発した。

 初めに訪れたのは、佐野市にある名水「出流原(いずるはら)弁天池湧水
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 ※ 水が澄んでいて鯉が浮いているみたい…(大げさか?) 

 続いて、西に進み足利市にある足利氏館(名城)
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  ※ お寺の名は「バンナジ」と読むそうだ。

 これで栃木県は制覇。 で、続くは群馬県

 初めに太田市にある金山城跡を訪れた。
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 このお城は山城にもかかわらず、びっしりとまった石垣がいたるところで確認できる要塞のような場所だった。
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 続いて向かったのが、現在放映中の真田丸で出てきた、真田家ゆかり3城(100名城ではないが…)

沼田城(沼田市)
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 ※ 矢沢の叔父上が守っていた城

名胡桃城(利根郡みなかみ町下津)
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 ※ 秀吉の「小田原攻め」のキッカケを作った小さな山城

岩櫃城(吾妻郡東吾妻町)
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 ※ 真田三代の野望の地だ

訪問した。

 その途中、沼田市案内所で知ったのだけど、「日本のナイアガラ」と呼ばれる滝があるらしく、興味をそそったので立ち寄った。(後日、真田丸でも紹介されていた)

吹割の滝
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 前日の雨で水量が増し迫力があるかと思ったが、「なめ」で、しかも警戒線が張られて、なかなか良い写真が撮れずに残念だった。

最後(岩櫃城のあと)に同じく吾妻町にある名水「箱島湧水」を訪れ本日は予定終了。
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 ※ 時間も遅くなってしまい、写真が暗い…

 翌日のことを考え、前橋付近まで南下し宿を探し(じゃらんnetで格安を…)て就寝です。


 続きます

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しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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