あ~楽しかった!  でも、疲れた・・・

今日は運動会の振り替えで子供らは学校がおみ。

 平日の休みが私と重なったので、鈴鹿サーキットにやってきた。
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 ※ 実際のサーキットを走るやつはレース開催前でできなかった。

 平日だから空いてると思った私が甘かったのだが、「日本中の小学校が昨日は運動会か?」と思うくらい人がイッパイだった。(どれをとっても30分~1時間待ちだ)

 でも、子供はとても楽しそうだった。
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 ※ プチ本格的なレース形式のカート

 来たる親子ツーリングに向けての布石として・・・
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 3時のおやつチキン
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 締めは亀八食堂舌鼓
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 ※ やっぱサイコーに美味いで!

 とても楽しかったが残念なのは上の子がいないことだ。
 チョットした意地の張り合いで「俺いかへん!」とのこと(私も子供だゴメン)

 また、近いうち行こな! 年間パス買ったから。

今日は、ありがとう!

今日は子供の運動会(かつ、私の誕生日だ)

上の子は小学校最後の運動会

リレーで二人抜いてトップに躍り出る活躍
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下の子も徒競争で2番になった
ピストルの音にビックリしなければ1番やったんたけどネ・・・
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 ※ 勝負にタラレバは有りません!

その他ジュリアナみたいなりと
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上の子最後の組体操
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最後の演目は思わず涙がこみ上げてきた。(サングラスしとってよかった!)
最高の誕生日プレゼントを頂いた気分だ!

組体操のスゴイやつ動画でとったけど、どうやってアップしたらよいか分らない・・・・
でも、絶対、死ぬまでには↓↓↓にアップしますので気長にお待ちください!


http://video.fc2.com/content/201501309vzd5Ltf

山奥にヒッソリたたずむ棚田

下影の棚田

 説明の看板も草むらにヒッソリと隠れているようだ。
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 ※ この標示がなければ見落としていたかも・・・

 町役場のある井川町 辻から県道140号を南下。腕山スキー場の標識の方向へ進んで行く。
 心細くなった頃合いで林の中に左へ下る「下影の棚田」の標識が出ている。
 でも、そこから「本当にたどり着けるのか?」と思うぐらい道中はまさにありありでり、地元の人に道を尋ねること2回でやっと到着したそこは、まさに人里離れたひっそりとした集落で家は2・3件しかなく、田んぼの枚数は約30枚と少ないが、何かしら引かれる魅力のある棚田だ。

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 ※ 奥に見える家は茅葺屋根であったのだろう、少し面影が残る。

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 ※ 放棄が目立つがなんとか末長く保存してもらいたい

水道不要!「水の都西条」の名水

うちぬき

 愛媛県西条市にある名水

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 ※市役所前のうちぬき広場入口

  西条市内のいたるところにみられる自噴井であり、吹き出る水(地下水)は石鎚山を中心とした高山群を源とする加茂川によって運ばれたものである。
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 ※ うちぬき広場の自噴井

  その自噴は日量約9万トンにおよび、清涼で豊富な自噴水であることから、古くから住民の飲用水、生活用水、農業用水、工業用水などのあらゆる水として利用されてきた。
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 ※ 総合文化会館前にある水汲み場には人だかりが

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 ※ 水汲み場の噴き出し水、水温は9℃と冷たい

  今でも西条地域の中心部には水道施設なく、全ての地域住民が地下水を飲用水等として利用しており、昔ながらの「うちぬき」の自噴井も約2,000本あるとのことだ。

  西条市は「市民憲章」で“水の都西条”と謳い、その名にふさわしい町づくりに取り組むとともに、協議会を設置し地下水の保全等に努めている。

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  ※ 総合文化会館前は湧水モニュメントと親水デッキがあり市民憩いの場となっている。

高虎が手掛けた日本一の海城

今治城
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関ヶ原の戦功として伊予を与えられた籐堂高虎が瀬戸内の覇権と旧豊臣家の動向監視のため海陸の要地である今治浦に建てた城がこの今治城である。

高松城中津城とともに日本三大水城つである。

駐車場から城へ向かう
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※ 正面に鉄御門、右に武具櫓その間の多聞櫓が見える。

鉄御門(くろがねごもん)
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 鉄御門の石垣は当時の野面積を忠実に復元されている。また、正面に見られる巨石は勢威を示す鏡石で今治城の築城奉行を務めた渡辺勘兵衛が由来となって「勘兵衛石」として伝えられている。(渡辺勘兵衛も面白い人物だ)
  さらに、手前にあるシルシは、築城時にあった高麗門の跡で、完全に囲まれる形が形成される。
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 鉄御門を入れば入ったで、すぐに武具櫓に突き当たり、曲がり角になる枡形が形成されている。

鉄御門内側
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 ※ 要は2重の枡形で武具櫓から延びる多門櫓の狭間から狙い撃ち~みたいな感じだ。
 
 更に進めば二ノ丸跡に入るが、
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 そこから天守を望めば高虎像とのコラボが撮れる。
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 二ノ丸に入り左手には井戸があり、名を「蒼吹の井」という。
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 二ノ丸には3方向がありそれぞれ内側と外観を紹介すると、

御金櫓
 二ノ丸跡の東隅にある二重の櫓
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 外観
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武具櫓 
 二ノ丸の西隅にある二重の櫓
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 ※ 右側が鉄御門になる。
外観
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 ※ だいぶ引いた写真だけど、一番手前の櫓です。

山里櫓
 二ノ丸北西側を守る二重櫓
外観
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 それぞれの外観で一つ特徴があったのがお判りになったでしょうか?

 それは石垣の下部犬走りがあることです。
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 ※左 武具櫓、真ん中 天守、右 山里櫓

 これは海近くの脆弱な地盤を補強するため、幅2間(約3.6m)の犬走りを張り巡らせていると考えられています。

 本丸跡には吹揚神社がある。
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神社から見る天守は迫力満点
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 天守からの眺望

山里櫓を見る
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鉄御門多聞櫓を見る
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 これを見れば枡形門としての特徴がよく分かると思う。奥には港(今治港)が見える。

 更にカメラを上に向けるとしまなみ海道が見える。
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御金櫓を見る
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吹揚神社を見る
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 ちなみにお城の関係者が話してくれたが、御金櫓から鉄御門に延びる内壁が地面の高さに合わせて曲線となっているが、これは技術の高さを示すものだと言っていた。
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 ※ ふつうは基礎を直線にするらしいよ。

お堀にはヤッパリ海水と思わせるように、が優雅に泳いでいた。
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 ※ ホントはフグも泳いでいたが、撮ろうと思ったら潜ってしまった。

ここから海水が入っているようだ。
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 今治城それは犬走りのせいか、本当に「海に浮かぶ要塞」のように見える城だ。

天守のない平山城 

湯築城(ゆづきじょう)

 16世紀前半、伊予国の守護であった河野氏が整備した丘陵部と平地部からなる平山城で、比高約30mの丘陵部を二重の土塁で囲むような形状である。

道後温泉からテクテク歩いて訪れたが、最初に目に入ったのがこのノボリだ。
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 外堀に沿って路面電車が(道後温泉駅に向かって)走る。
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 先ず、資料館に行ってスタンプをゲットする。
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 城の構造がいま一つ判らないので、模型を写真に撮っておく。
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 敷地内に武家屋敷が2カ所復元されていて、
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 ※ 手前の土塀も凄い説明文があったが読んでない。

 その内部には人形が飾られ、当時の様子を展示している。
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 ※ 武士や僧侶が集まり「連歌」を楽しんでいるとある。

 その他、多くの遺構
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 ※ 円形石積遺構(何に使われていたかは不明) トイレではないようだ。

 土塀土塁の資料等が展示されている。
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 ※ 土塁の構造を展示

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 ※ 土坑(つちこう ゴミ捨て穴)

 でも、正直言ってあんまり興味がわかない。

 敷地にある岩崎神社から丘陵部に登っていく
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 すぐテッペンに辿り着き天守じゃなくって、展望台があった。
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 そこから見る景色だが、向こうの山の上に松山城が見えた。
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 ※ チョット判らんかな~

 その時「そうだ、松山城と比べるから・・・や」と思った。

 あと、敷地内には

 大きな湯釜は置かれていたが、
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 ※ そう言えば、同じものが道後温泉の足湯のところに置かれていた…

 これは通称「湯釜薬師」といって、道後温泉本館が建つ前の温泉場で使われていたらしく、上部に「南無阿弥陀仏」の6文字が刻まれている。
 この字は河野通有の依頼により一遍上人(時宗の開祖)が彫ったと伝えられており、一遍は河野通信の孫にあたるとの鎌倉時代の話が説明書きに書かれていた。

・・・・ってやっぱり申し訳ないが、気持ちが松山城の方にいってしまっている・・・

坂の上の「城」 伊予松山城

松山城

 現存12天守のひとつで四国最大の名城
 勝山に築かれた平山城で当初、加藤嘉明が建築した天守は五重六階のであったが、(私の好きな)蒲生氏郷の孫、蒲生忠知(ただとも)を経て後に入封した松平氏の時代に改築され地下に米倉を備えた三重四階となったらしい。

 天守は山の上にあるので、麓から山腹にあたる長者が原まではロープウエイor リフトで移動するが、
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 ※ 二の丸から坂を登っていくコース(黒門口登城道)もある。

 ロープウエイ乗り場の近くに築城者、加藤嘉明公の像がある。
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 ※ 秀吉に見出された「賤ヶ岳七本槍」の一人

 ロープウエイ降り場から東雲口登城道を進むと、いきなり素晴らしい石垣が目に入る。
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 ※ えも言われぬ石垣の曲線美だ! 上に乗っているのは後で調べたが、隠門だろう。

 更に進むと大手門跡があり、ここから坂を降れば二の丸の方に向かうことになる。
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 この位置から北方向を見ると、これがまた素晴らしい。
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 太鼓櫓が正面に、さらにその奥に天守がぼんやり見える。

 登城道を登ると太鼓櫓の下で右回りに180°方向変換するが、すると目の前に高麗門が現れる。
これが戸無(となし)だ。
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 ※ 昔から門扉が無かったらしい。

 戸無門をくぐると、左に見えるのが

 順(左から)に筒井門西続櫓筒井門筒井門東続櫓
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筒井門アップ
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 筒井門は松山城最大の門で三ノ丸・二ノ丸から本丸に向かう大手の固めとなる重要な門であるが、国宝となったもの昭和24年に焼失してしまい、昭和46年に再建されたものだ。

 この筒井門の奥(東側)には石垣に隠れた埋門形式の門があり、筒井門に迫る敵を急襲するようにできている。

 それが隠門(かくれもん)で
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 その上に続櫓(隠門続櫓)が乗っかっている。
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 ※ 右側が筒井門東続櫓(内側から撮影) 

 更に進むと本丸に至る前にまた門が…

 これが太鼓門
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 東側にある太鼓櫓
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との間には高さで約5mの差があり、25m弱の渡塀が設けられている。
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 ※ 写真の太鼓櫓右側の塀が長~く続いているのだ。(狭間21カ所、石落2カ所あり)

 この5mの段差をあがれば本丸に入る。

 本丸のかかり東側には井戸があり、
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 この井戸は南北の峰を埋め立てて本丸を作った際に谷底にあった泉を井戸として残したらしく、直径2メートル、さが44.2mもあり当時の技術では到底掘ることが出来ないとのことだ。

 井戸の更に東には太鼓門と一体となって防衛線を構築している巽櫓(二重櫓)がある。
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 ※ 誰じゃい! こんなとこに車停めるヤツは?

 井戸を右に見て本丸を進んでいくと左手(西側)に馬具櫓があるが、今はお城の管理事務所として使われている。
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 ※ たぶんさっきの車はここの職員のだろう。


・・・まあ、そんなことはさておき、本丸から見る天守群スバラシイ
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天守群の説明

 手前に見える門が紫竹門(しちくもん)で、その奥に見えるのが小天守、その左が南隅櫓多聞櫓で(小天守と)繋がっており、小天守の奥に見えるのが天守だ。

小天守から北側を見ると
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 右側に天守、天守の左に内門その左が玄関多聞で前に玄関が出張っている。
玄関多聞の左に北隅櫓、北隅櫓から映っていないが小天守西側の南隅櫓の間に渡る十間廊下が半分だけ映っている。

紫竹門西塀から見る乾櫓(左)と乾門東続櫓
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本壇のいろんな門と櫓
 
紫竹門
 本丸大手と搦手を仕切る脇戸付高麗門で、本壇北側にあった中仕切り門と合わせ、搦手を固める重要な門であり、門の前面、小天守下に紫竹が植えられていたことから、この名がつけられた。
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 紫竹門を入り、天守を中心とする城郭建造物群の中枢である「本壇」と呼ばれる場所に進入するが、先ず初めは

一ノ門
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 ※ 内側

 これは、天守に通じる本壇の入口を守る門で、枡形となり一ノ門南櫓・二ノ門南櫓・三ノ門南櫓・小天守の四方から攻撃できる構えになっている。

続いてニノ門
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 ※ 内側

 この二ノ門は本壇における第二番目の門で、薬医門の形式であり、天守・三ノ門東塀から攻撃できる造りとなっている。

そして三ノ門
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 本壇における第三番目の門で、高麗門の形式であり、天守・三ノ門南櫓から攻撃できる構えとなっている。

 さらにこれら三つの門を防御する役目の一重櫓として三ノ門南櫓がある
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そして筋鉄門(すじがねもん)
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 この筋鉄門は天守と小天守を繋ぐ櫓門であり、三ノ門を防御する構えになっている。

 さきほどの小天守から北側を見た写真に映っている内門を出ると仕切門があり、この二つの門で枡形を形成している。

仕切門
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 ※ 外側

 仕切り門は脇戸付の高麗門で、天守閣・玄関多聞によって防衛される仕組みとなっている

仕切門内塀
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 ※ 乾門方面に対する防衛の構えとなっている。 

仕切門を出ると 松平家の先祖である菅原道真の像を安置し、城の安全を祈ったとの由来がある天神櫓に至る。、
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 この天神櫓は本壇東北の隅に位置し、艮櫓・艮門および小筒櫓を防衛する。

 これまで紹介した内国宝級(法改正で重文扱い)が21棟ありますが、いちいち紹介しきれないので省略しています。
 正直いって整理してても訳わからなくなってきましたが、あとしばらくお付き合いを・・・

小天守からの眺望
本丸方向
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三之丸方向
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 ここで大手門跡に戻り、そこから三之丸跡までの紹介をします。

 大手門跡から黒門口登城道を降っていくと、
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 ※ 真夏でさすがに人はいない・・・

 石垣の素晴らしい場所があるが、このあたりが尾谷門跡付近になる
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 更に降っていくと二ノ丸庭園への入り口が左手に見える。
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 ※ 暑さでパスした。

 また更に降っていくと、もう一つ素晴らしい石垣が目に入るがこれは
持弓櫓跡と手前が西砲台跡になる。
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 更に降ると

欅門(けやきもん)
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に出て、三之丸跡に続くのだが、
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 そこから見る二ノ丸越しの天守群も絶景だ。
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 この二ノ丸から本丸までは分断されることを防ぐ「登り石垣」と呼ばれる二本の石垣があるが、これも珍しい歴史遺産だ。


 写真いっぱいアップして見るのもしんどかったでしょう!申し訳ありませんでした。
でも、それだけ素晴らしいお城であったことは分ってください。

 最後に坂の上の雲でも知られた、当地の正岡子規が残したを紹介して終わります。

 「松山や秋より高き天守閣

 空の高い秋晴れの日にもう一度来たいものです。

市民の憩いの場となっている名水公園

杖の淵

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 愛媛県 松山市南高井町にある名水

弘法大師を突き立てたところから湧き出したという伝説から「杖ノ淵」と命名され、今も泉のほとりには弘法大師の銅像が建っている。
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水汲み場は池から離れた位置にあり、最初は見落としてしまった。
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周囲は杖の淵公園として、
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水と戯れることが出来る児童公園になっており、地元の人気スポットだ。(遊具もあるよ!)
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※ まだ時間が早いので、流水が流れ込んでいないただの水溜りだった。

丹後・丹波の旅

 朝4時30分に家を出てスタート地点と決めた福知山に7時に到着。

 今日はそこから前に決めた「8の字ツーリング」のお話お話(長いで~)

 福知山を出発し国道9号線を西側にひた走る、179号線に乗り継ぎ大江町に入るが「道の駅 加悦(かえつ)」で一休みしていると、道向かいに「SL広場」なるものがあることに気付く。
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 ※ ゲートの上にミニSLが乗っかっている。

 SL広場は今は廃線となった加悦鉄道の旧駅構内を改装して貴重な資料等を展示し、またミニSLに乗れたりする大人子供しめる施設だそうであるが、私が到着した7時30分頃にはまだ開いている訳もなく、内部は覗けなかった。詳しくはこちらを・・・「SL広場って?」 ※ こんなんできるようになりました~

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 ※ 旧加悦駅を復元した展示室兼施設の入り口・・・この奥に数々のお宝が・・・

 ただ、唯一駐車場に展示していた日本最古路面電車が見れただけでも私は十分満足した。
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 ※ No.5号車(チンチン電車としてみんなに親しまれたとある。)

 また、子供を連れて来たいな~と思った。


 それから北にバイクを走らせ、宮津湾に到着する。

 そこで、天橋立を観光することにする。

 天橋立南側にあるお寺「智恩寺
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の本堂である「文殊堂」は
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 ※ 「三人よれば文殊の知恵」で有名

 奈良の「安倍文殊」、山形の「亀岡文殊」と並んで日本三文殊の一つだ。


 「賢くなりますように~」と賽銭をフンパツし祈願の後、北方向に移動すると「知恵の輪」たるものを発見する。
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 ※ この輪をくぐれば・・・という話もあるらしいが、信憑性はないとのこと

 写真を撮っていると、足元にカメの子を発見!
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 ヘルメットを横に置いて大きさが判りやすいように撮影としたら、慌てて走りだして飛び込んじゃった…
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 そこから「天の橋立」を北方向にっていくが、その前に文殊と天橋立を結ぶ廻旋橋(かいせんきょう)があり、その名を「小天橋」と言う。
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 宮津湾を行き来する遊覧船/貨物船などの船舶を通すために中心部を軸に回転。
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 この間(数分)、橋は通行不可となる。
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 ※ 渡ってから船が来たので反対方向で写真を撮ったのが「残念!」

 チョットこのペースで写真を紹介していけばいつ終わるか分からないくらい撮影したので、ダーっと割愛して、

 天橋立の本来目的である 「名水 磯清水」に到着。
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 後の休憩時間で珈琲を頂くためと500ミリペット2本汲んで一旦バイクにる。
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 それからバイクで北方向に走り、「天橋立股のぞき」をしようと「傘松公園」とグーグルマップで入力し案内されるがまま走ったが、たどり着いたのはなぜか「成相寺」だった…

 駐車場のおっちゃんが「ココ登っていっても絶景が観れるで! 傘松公園より高い位置やからキット・・・」と言ってくれ、更にはバイクで行けるとのことであったので、坂道(恐ろしいくらい急な)を登って撮った写真がこれ
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 ※ バイクと一緒に撮れると思ってなかったのでチョッピリ感動

 ・・・でもって、股のぞきもついでに
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 ※ 天気が良ければ・・・と残念に思う

天橋立を観終って、そこからR178を北に走り、
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 ※ 海沿いに走る気持ちよい道だった。

「日本で一番海に近い町」である伊根町に立ち寄り、有名な「舟屋」を見て回る
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 ※ 道の駅「舟屋の里 伊根」から撮影

 舟屋群の次は丹後半島を外周沿いに走り、棚田100選の「袖志」を訪れる予定であったが、伊根町にも棚田があると案内所のおねーちゃんに訊いたので立ち寄った。

新井(にい)の棚田


もう刈り取られている!

かったか!」と思ったが袖志の人々が「のんびりしてくれてたらな~」と少しの希望を抱きバイクを走らせ移動する。

袖志(そでし)に着!
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やっぱり遅かった・・・
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 ※ 稲穂は刈り取られ、もみ殻をあちこちで燃やして狼煙が揚っている…

 でも、それなりに綺麗な場所もあった。
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 ※ 稲穂が残ってたらもっと綺麗な景色だったやろな~

袖志を後にしR178をひた走り、
途中、道沿いに「屏風岩」や
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間人(たいざ)、琴引浜を経由して、北近畿タンゴ鉄道沿いに府道17号線を南下しR312に合流後、福知山に入り、今度は府道9号線を南下すると「鬼の里」大江町に至る。

 そこで「酒呑童子の里」に立ち寄る。
 9号線との分岐点で案内のが建っていて、その名を「分鬼(ブンキ)」と呼ぶらしい。
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 ※ こっちだと指さしてやがる…

 よく見るとこの分鬼煙草をくわえていた。
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 ※ 銘柄はラークだ。

 この酒呑童子の里には大な鬼瓦があって
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 も鬼のマネをして一枚撮ったけど、似てます?
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 ちなみにここには散策路があり鬼の足跡など見どころたくさんだが、時間の関係上省略だ。

 その後、これも本来目的の「毛原の棚田」を目指すが、府道9号線上に架かっている吊り橋があったので立ち止まり一枚撮影。
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 ※ 二瀬川と府道9号線を跨いで架かる歩道の吊り橋だった。

でもって毛原に到着
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…でも、こちらも「かった!」ようだ
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 もう彼岸花が咲いていた。
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 棚田を後にして、そこから更に南下し最終目的地の「新治製菓舗」に到着。
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 こちらで鬼饅頭(一つ620円)を2ケ購入、一つをお土産、もう一つを3時のおやつにする考えだ。
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さあ、何処で食べようと色々考えたが、途中で感じのいい沈下橋があったのでそこまで戻ってみた。
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 そこで、この川が「五十鈴川」と知り、そう言えば途中「元伊勢神宮」という文字がいっぱい並んでいたことを思い出して、気になり更にる。

なんとそこには、元伊勢神宮内宮(皇大神社)
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 ※ 皮がついた杉の鳥居がどうよ!(ココでしか見れないらしい)

元伊勢神宮外宮(豊受大神社)
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天岩戸神社
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 ※ 鎖でよじ登って参拝だ!

元伊勢三社があった。

 どうやら天照大神を祀る最適な場所を探して日本各地を移動していた伊勢神宮が、今の場所にいたる約五〇年前にこの地にあったらしい。
 ちなみにこれは2000年以上前の話・・・
 歴史は偉大だ!

 更には猿田彦神社もあって、その鳥居前(ここも皮付きの鳥居だ)
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でバイクを停めて、チョット遅くなったおやつを頂こうと準備を始めたら、電車の走る気配が(二俣の無人駅で放送があった)。
 単線の北近畿タンゴ鉄道だから粋な電車が走るのかと、慌ててカメラを構えたが、走ってきたのは何と「特急」だった。
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 ※ こんな電車走ってるんや!

 ・・・でお待ちかねの珈琲ドリップし、
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 ※ 3時を50分ほど超過してのオヤツ・・・

 鬼饅頭を頂いて、
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 ※ 半分でヤメとけばよかった・・・美味しかったのに・・・

帰りました。


 トータル移動距離は560キロでした。
 分けた方が見やすいと思いつつ、いっぺんにアップしてしまいました。

扇状に広がる段々たんぼ

泉谷(いずみだに)の棚田

愛媛県は内子町の南、大洲市との境にある棚田
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結構な急斜面に、
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北西方向に扇状棚田がっている。
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 そこには普通の棚田とは違う景色がある。

 開拓した先代の人の努力は想像を絶する程のまじさがあったんだろうと思う。


 感動した!

 とても綺麗な棚田だ。

ベツ腹にも限界がある!

行ってきました!

 以前計画倒れに終わった、福知山スタートの丹後半島大江町8の字」ツーリング!!
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 写真は最後に「おやつ」としていただいた大江町 新治製菓舗の「鬼饅頭」だ。

 前から気になっていたウルトラサイズ饅頭! (てっぺんに鬼の絵がある)
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 ※ お釣りで貰った500円でサイズチェックを・・・

 アンコが500g弱入っているそうだ(普通の饅頭10個以上だ!)
 持ってみるとズッシリ重い・・・

 「エライモン買ってしまった」ってな感じ・・・
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 ※ 中のアンコを見ようと、持っているナイフで切ってみるが刃がトドカナイ・・・

 甘いもんはベツ腹って言うけど、何とか食べきったが暫くその場から動けなかった

 何が怖いって?私ゃ「」より「饅頭」が怖い・・・(お粗末でした)



 また、ツーリングの内容を写真を整理してアップしますので、とりあえずご報告まで・・・

肱川を堀とする優雅な名城

大洲城

 元は宇都宮豊房の居城であった地蔵ケ嶽城を藤堂高虎が近代城郭に改造したものであるが、天守が築かれたのは後に入城した脇坂安治の時代とされている。
 天守は雛型や写真など数多くの資料が残っており、平成16年大洲市の市制50周年に合わせて忠実復元されている。

本丸天守は市民会館の裏手に位置する。
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 ※ 写ってないが手前右側の市民会館のあたりは、下台所と呼ばれる場所であったらしい。

本丸へ向かう途中、坂道の左手に二の丸跡があり、
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 ※ 左手に楚石が見えるが、これは元の天守閣の楚石で全部で16個あったと想定されているが、発見されたのは6個のみとのことだ。

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 二の丸の奥に見られる像は 近江聖人 中江藤樹先生像で
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 生家は近江の小川村で屋敷内に大きなの木が生い茂り、その下で学問を積み、敬い集まる人々を導いたことから、藤樹先生と呼ばれ、後の世の人々からは近江聖人と敬慕されてきた人らしく、大洲では10歳から27歳までを過ごした、立志・感恩・勉学の地であることから銅像が建てられたとのこと。

二の丸から見る天守
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 ※ 左側は高欄櫓

 二の丸から本丸に至る間には、暗り(くらがり)門跡があり、
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 天主に至る最後の城門で、城内で最も大きい櫓門であったらしい。
 ただ、通常の櫓門と異なり、折れ曲がり部分の上に渡櫓が覆いかぶさり、文字通り内部は「暗り」になっていた。この日は大きな木の陰で暗がりになっていたが・・・

 坂を登り切り、本丸に至る。
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 ※ 本丸からみる天守群(左から高欄櫓天守台所櫓

 10年前に復元された天守の内部は、木がまだ香るように綺麗だった。
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 ※ 地元の人々の手作りを目指し、柱材は市民から提供された木材を使用したとのことだ。

天守からの眺望
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 ※ 北側

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 ※ 東側

 二面を肱川(ひじかわ)が流れ、天然のお堀 となっている。

 本丸から東側に進み、目に入るのが、苧綿(おわた)
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 ※ 肱川の土手に突出して造られ、旧二の丸の東南隅にあたる。大洲市民会館のすぐ横に建てられている。

 肘川越しに見る天守群も私は綺麗と思った。
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 ※ 鵜飼いも見られるそうだ。私たちは公園に面したこの川で泳いで楽しんだ。

安寧の時代を象徴する天守

宇和島城

  築城者はその道の名手 籐堂高虎である。

 
 登城口は二つあるが駐車場(城山東側)に近い桑折(こおり)長屋門から進入
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 ※ 家老 桑折家屋敷に残されていたものを昭和27年に移築とある。

 長屋門をくぐり、すぐに天守へと続く長い石段が始まる。
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 ※ 湿気がエゲツナイ… 汗が噴き出す! 

 井戸丸経由と児童公園経由どちらも天守に至るがを選択
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 苔に包まれた階段で滑って転ばないように下ばかり見ていたが、目の前石垣が見えてくる。
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 ※ またカメラの調整ダイヤル知らんまに触ってたのか写真の色がおかしい…

井戸丸跡に到着
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 ※ 井戸はまだ水を湛えていた。

 城山にはつの井戸があったらしいが、この井戸が一番重要とされていたようで櫓跡があり大切に管理されていた形跡が残っている。
 
 また石段を登っていくと三之門前で本丸の高石垣が迫ってくる
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三之門跡
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 そこから少し進めば二の丸跡に至る。
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 その手前に二之門があったらしいがよく判らなかった…
 それらしき場所から見る天守結構いい
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 二の丸から本丸に入るに最後の門である一之門をくぐることになるが、この石垣から想像するに、さぞ立派な門が乗っかっていたのだろう。
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一之門跡
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本丸に到着

鉄砲櫓跡
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 他にもさまざまな櫓跡があるが、みんな同じような感じなので割愛させていただく

天守閣北西(正面)側
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 一重目に比翼千鳥破風、二重目に千鳥破風、三重目に軒唐破風 綺麗にられたお城だ!

天守閣南東(裏)側
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天守北東
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天守南西
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天守閣からの眺望
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 ※ 二の丸越しに宇和島港が見える。

天守閣内部は木造で趣のある造りであった。

 ひとしきり天守閣を見学し城山を降りることにするが、今度は児童公園経由のコースをたどる。

途中、藤兵衛丸山里倉庫に立ち寄る。
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 ※ 三の丸に建てられた武器庫で、現在は城山郷土館として一般公開されている。

で、児童公園はその昔、長門丸と呼ばれ曲輪であったらしい。
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 そこから一気に坂を下っていくと、もう一つの登城口である
(のぼ)り立ち門が見えてくる。
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上り立ち門(外側)
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 四国には高虎が手掛けた城がたくさんあるが、その一つがこの宇和島城であり、高虎が1596年から6年ががりで完成させた天守は3重3階の望楼型で、軍事性に優れた城であったったが、後の城主 伊達宗利が1966年に建てた2代目天守は層塔型(そうとうがた)で狭間も石落としもなく、千鳥破風や唐破風で飾られた装飾性の高いお城にモデルチェンジしているのだ。

今回はそのへんを注目して見てみた。


追加
簡単な説明になりますが・・・

 望楼型というのは、上層部と下層部の形が違っていて、具体的には入母屋造の下層部の上に、物見櫓(ちいさな望楼)が乗っているような天守で、それに対して層塔型はお寺の塔みたく、下から上までほぼ一体的な形の天守で元和・寛永年間以降に主流となった型式のようです。

鍾乳洞から湧き出る霊水(冷水)

観音水(かんのんすい)

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愛媛県西予市宇和町明間にある名水

湧水のせせらぎ以外何も聞こえないような山奥にある。

鍾乳洞からの湧水であり、水は日量1万トンで肱川の源流となっている。
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 ※鍾乳洞があるなんて知らなかったもんだから、写真に収められていない・・・

水道水として利用されるほか、アマゴの養殖等に利用されているが水源近くでは湧きでる冷たい水を利用して夏季限定の流しそうめんが行われている。
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 ※ 名水亭さん 忘れもんしちゃって、御迷惑をおかけしました

水汲み場にはゴムホースが一本だけで、繁忙期には長蛇の列が必至だろう。
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 ※ 私たちはこの場で目覚めたので、一番乗りだ。

永禄年間、この地の城主が観音像を安置したと伝えられるのが、それがこの名の由来か?

堂の坂の棚田

堂の坂(どうのさこ)
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 愛媛県 城川町にある棚田

 国道197号線を城川町方面へ、国道から西に分岐し県道35号線を西に進み焼く4キロ程で鋭角に右折すると、急な坂を登り始めるしばらくして棚田が見え始めるが、それはに向かう階段のように一段一段きれいに田んぼが作られている。
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 未熟な私は写真で上手く表現できないのが残念でならない。

奥内の棚田

奥内の棚田

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 愛媛県 松野町にある

 高知県と愛媛県の県境から四万十川の支流 奥内川の上流部に向かって移動するとこの棚田に至るが、途中の道は本当に辿り着けるのか心配になるくらいにい。

 この案内看板を見つけてホッとする。
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 田んぼの中に民家が点在し、明かりがり始めていた。
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 ※ 今度は時間に余裕を持ってこよう。

 写真を撮っていると、農家のおじさんが「台風前に来てくれたらよかったのに、稲が倒れてしまったよ。」と残念がっていた。
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和歌山ひとりツー

深夜になってやっと行き先が決定した。

 京都府 福知山をスタートしR176を北上し大江町で鬼退治、天橋立で名水「磯清水」を汲んで、伊根の舟屋を見物、丹後半島をグルット周って袖志の棚田を経由し、R482を南下、今度は大江町を府道9号線で南下し毛原の棚田に立ち寄り、最後は新治製菓舗で子供の頭ぐらいある鬼饅頭をいただく旅だ。大きく「8の字」を描くコースも面白いなどと考えていたらってきた。

 翌日は晴れの天気予報だが6時ぐらいまで、局地的にえげつない雨が降るらしい。

 実際に1時の時点で池田市(大阪府)に時間雨量100mmえる記録的な豪雨がふったらしい。

 朝4時過ぎには家を出ないとスケジュール的にチョットきつい。

 なぜなら子供の晩御飯を用意しなければいけないからだ。(嫁さんテスト中につき…)

 結局4時まで眠れなかった。

 雨は降ったりやんだりしていたが・・・


 結局のところ「今日は行くのやめよう!」と自分の中でえを出した。

 たぶんその後すぐ寝てしまったと思う。


 9時30分に目が覚めた。

 外はオモイッキリれていた。

 なんだかしい・・・

 とりあえずバイクで外に出た。

 天気の安定している南に向かってひた走った・・・・

 紀三井寺で名水を汲んでいた時、行きたいところが頭に浮かんだ。
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 ※ 過去にも紹介しましたが、3つある紀三井寺の名水のうち、「吉祥水」をセレクト

それは「せち焼き やました」だ!

 過去(V-Maxに乗っていたころ)、何人かでツーリングを計画し食べに行ったのだが、私だけバッテリーがあがってしまい、不参加となりそれ以来ずっと行きたいと思っていた店だ。

 12時30分ごろ和歌山県御坊市にある「(元祖)せち焼き やました」に到着
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 「せち焼き」とは焼きそばをグッチャグッチャにして、お好み焼きみたいに仕上げる食べ物で、メニューにこの店で初代店主がお客さんと一緒に考えだしたものと書かれている。
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 要はグッチャグッチャが御坊弁で「せちがう」と言うところからきているらしい。

 「もう私を無茶苦茶にして・・・」 これが御坊では「もう私をせちごうて!」らしい。
 ※ 安物の官能小説か?(失礼しました)

 ちなみにメニュー裏面は英語バージョンでした。
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 ※ 問題の「せちがう」は英語では「mixed a lot “mix mix mix”」となるらしい…

 自分のテーブルにある鉄板で店のおばちゃんが焼いてくれるようだ。

 私はミックスせち(※「ミックス」と「せち」この時点でマゼマゼか?←ちょっとクドイ)を注文

 先ずは焼きそばをつくる。
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 ※ 写真では判らないが、結構ラードが入っていた。

 出来上がった焼きそばに卵×2ケを投入
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 ほんでもって「せちがう
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 最後に形を整えて、
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 3分ぐらい放置してからひっくり返すと出来上がり。
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 ※ ソースとマヨネースをたっぷりかける・・・

 食べるとき、好みで青海苔一味をかける
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 美味しかったが、私は個人的に地元岸和田市の「かしみん焼き」の方が好きかな?


 「やました」を後にして、次は久しぶりに「あらぎ島」を見に行こうとバイクを高野町方面に走らせた。

途中の山道は「風車がイッパイ」
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 約1時間かけて到着。

 私は数ある棚田(まだそんなに見てないけど)の中で、このあらぎ島が一番好きだ。
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 ※ 自分撮りしたら、いつもシカメッツラだ

 ゆっくり景色を眺めたいので、汲んできた名水珈琲をたてる。
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 ※ コップ忘れちゃった・・・

 何と贅沢な時間か!
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 ※ 幸せや~

 この後、すぐ近くのしみず温泉で汗を流して帰ったのでした。
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 ちなみにこの地域(清水町)は紀子様のお祖父さん生まれた地らしく、毎年、悠仁親王のお誕生日を祝いキャンドルイルミネーションがあるが9月6日でもう終わってるので、写真だけ引っぱりまわしてきました。
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 ※ いつか見たいと思います。

ちなみに2
 帰り道、小腹がすいたので、和歌山市加太にある岸本商店に立ち寄って
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あげパン5個を購入
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 ※ 残ってて良かった!

加太の海水浴場
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マッタリしながら「あげパン」をほうばる・・・
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 ※ 餡子が甘すぎず、とても美味しゅうございました!

・・・てな訳で、もう一度 岸本商店にってお土産の「あげパン」を注文して帰ったのでした。

おしまい



 前段のツーリング計画は近いうちに実施しまっす!

さて、何処に行こう?

 明日はお休み、ココん所休みと言えば「」だったので、どこにも行けずにいた。

 でも、明日はいけそうだ!

 さあ、準備、準備っと・・・
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 め込む・詰めむ・・・日帰りなんですけどネ・・・

 バイクも洗車し、補給も完了!準備 バンタン有料道路や!
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 さて、どここう?(まだ決めていない・・・)

最後の清流

最後の清流

この名を聞けば誰もが「四万十川」と思うくらい有名な川

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 ※ 岩間の沈下橋で撮影 ちなみに本流・支流をあわせて47の沈下橋があるらしい。

 四国内最長で、流域面積吉野川に次ぎ第2位の川。

 本流に大規模なダムが建設されていないことから、タイトルの名が付いているのだが、実際はそんなに澄んでいなかった。
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 ※ 雨続きであったからか?

 柿田川長良川とともに「日本三大清流」の一つと呼ばれている。

 この二つとも過去に名水巡りで訪れていているので、私にとっても「最後の清流」なのだ。

 この名水も子供と泳いだので、(意に反して)タップリませていただきました。
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 ※ 私の好きな写真(長男撮影)

司馬先生もべた褒めの棚田 (梼原の棚田)

梼原(神在居)の棚田

 高知県須崎市から西に延びるR197(梼原街道)をひたすら走り、神在居(かんざいこ)の地に至り、風早トンネルをくぐるが、その真上にあるのがこの梼原の棚田だ。
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 かの司馬遼太郎絶賛と看板には書かれている。
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 展望台から全景を観ていると非常に大きな棚田に観えるが、
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 ※ 東屋の柱でフレームに入った写真みたいだ

 実際に棚田の中に入っていくと、そこまで大きな棚田ではないことに気付く。

 国道の区画整理等の影響も判るが、なんとかこの先も保存してもらいたい限りだ。


 逆光で写真が・・・

幼帝を育てた水 安徳水

安徳水(あんとくすい)

 高知県高岡郡越知町横倉山にある名水

 文治元年(1185年)屋島の合戦に破れた平家知盛一門は幼帝・安徳天皇を奉じて四国山中を潜幸の後、80余名がこの地に至り、25軒の柱を構え、都とした折に、この湧き水を天皇の飲料水として用いたといわれている。


 仁淀川に沿って走るR33(松山街道)から横倉山を目指して左折し、離合が難しい狭隘道を走って最直近の第3駐車場から山道を歩く・・・
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 10分ほどで杉原神社が見えてくるが、
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 ※ ひっそりとした場所で、少し不気味だ。 

 更に5分ほど歩くと案内看板が目に入る
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 そこから坂道を降るとがあり、そこが安徳水らしい。
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 ※ 綺麗だったが、子供らが入り込んで濁ってしまった・・・

 あまり管理されていないようで、いたるところがだらけ・・・
 休憩用の椅子も座れるような状態ではなかった。

 水も煮沸してから飲む方がよさそうだ。


それにしても写真がボケボケすぎて・・・最近、コンデジの調子が悪すぎ、ズームも機嫌のいい時しか動いてくれない。

天守が残る一豊の城

高知城

 現存天守12城つ 山内一豊の城


 駐車場に車を入れて城へと歩く

 先ず目にするのが、初代城主 山内一豊像だ。
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 そこから追手門天守が見えるが、草ボーボーで見栄えはかった。
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 さらに進んでいき追手門大手門
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 ※ 城の正面(大手)にふさわしい堂々とした構えとの説明だ。

追手門内側
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 追手門をくぐってすぐ左手には板垣退助像があり、
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 この像を右に見て石段を登り本丸へと向かう。
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 すると目の前にわった石垣が見えてくる。
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 これは石樋といって文字通り石で造られた樋(とい)であり、雨の多いこの地域で排水が直接石垣に当たらぬように雨仕舞いをしているらしく、現在16か所確認されているが一番下が当然水量が一番となるため、もっとも大きいのがこの石樋らしい。

 更に進むと今度は右手に内助の功で有名な一豊妻千代」と一豊に送った名馬の像がある。
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 この像の背面には三の丸石垣が見事な曲線美を見せている。
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 ※ 鉄門跡前から見た石垣(穴太衆は偉大だ!)

鉄門跡
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 ※ 鉄門跡から見た天守

 鉄門を過ぎると正面に詰門が見える
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 この詰門は二の丸(右側)と本丸(左側)を繋ぐ役目を果たし、藩政時代には「橋廊下」と呼ばれたいたらしく、2階が家老や中老の詰所として用いられたことからこの名がついたとのことだ。

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 ※ 詰門前から見た天守

 鉄門を過ぎ右側は三の丸跡
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 ※ 三の丸から見た天守

 更にその奥に二の丸跡がある
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二の丸から見た詰門(橋廊下)と本丸
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橋廊下を渡る
二の丸側
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本丸側
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 ※ 本丸側が廊下門をくぐり、一段高くなっているのが判る。

本丸から見た廊下門
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本丸から見る天守本丸御殿
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天守からの眺望
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 ※ 二の丸と詰門(橋廊下)と廊下門の位置関係が判る。ちなみに手前の東多聞とで「Yの字」になっている。

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 ※ 三の丸を見る

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 ※ 西多聞

 黒鉄門は改装工事中であった。
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 東多聞と本丸御殿にはいろんなものが展示されており、写真もいっぱい撮ったがきりがないので割愛させていただきます。(今でも吐き気を催すぐらいの写真量だ!)

 この城は、享保12(1727)年の大火で城郭の大半が焼損するも、延享4(1747)年に再建され今に残る日本でも珍しい近代城郭であり、これから先にも引き継ぐため大切にしなければならない財産だ。

樫原(かしはら)の棚田

 徳島県上勝(かみかつ)町にある棚田で国の重要文化的景観にも認定されている。

 県道16号線を西へひた走り、剣山スーパー林道起点の標識があるが、そこからもう少し西に向かって進むと案内看板があり、右折して細い山道を登ってい行くと棚田が見えてくる。
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 残念ながら耕作放棄地が目立つが、地主、集落住民、地域の住民等の協力により草刈りを実施するなど農村景観の保全に努力されているようだ。
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 ※ 地元の小学生もひと役かって保全に努めている。

 もう少し坂を登れば水車小屋が見えてくる。
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 この辺が一番綺麗に見える場所だと思うが、町のホームページでも500枚ぐらいの田があるとのことで、さらに坂道を登ったところにも棚田があり、
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 広い範囲でいろんな棚田が楽しめるところだ。

四国平定の旅 5日目(最終日)

 宿(メルパルク松山)を9時にチェックインして今治市を目指す。

 お腹イッパイで少し気分が悪い。
 いつものことだけど、朝食バイキングの宿を選ぶので自制の利かない私は満腹中枢マヒするほど食べてしまう。(でも、べてる時が一番のせだ)

 約1時間で今治市に到着し、目的の今治城に入城
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 「築城名人」の籐堂高虎が手掛けた日本一の海城
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 その後、西条市に移動して名水「うちぬき」を訪ねる。
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 こちらの名水は、豊富な地下水が市内のあちこちに自噴井がある。
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 前の写真は市役所前の「うちぬき広場」だけど、西条市総合文化館前には水汲み場があり、多くの人々でにぎわいている。
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 また、その前は親水公園のようになっていて、水際までいける階段がある。
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 「ちょうどエエわ!」と思った。

 「ぐらいまでやったら入ってんでええで!」といって、私は帰り支度で荷物の整理にかかった。

 「昨日の宿で服の洗濯も終わってる(コインランドリーあり)し、綺麗に畳んで(家で留守番してる)嫁さんに怒られないようにしないと!」と作業に励んでいたが、チョットくと、
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 ヤッパリ「ドップリかっていた。」

 「オイッ!着替えの服畳んだとこやぞ! お前らで帰れ!」とさらに放っておいたら、何と、下の子は噴水にまで浸入していたので慌てて呼び戻した。
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 あとで私も膝まで浸かろうと試みたが、無茶苦茶たい水で中には入れなかった。

 こんな水でよく遊んだなと思う・・・

 なんやかんやで2時間ぐらいこの場所で遊んで、帰路に向かうが、途中 徳島県の池田で寄り道し、下影の棚田に向かった。
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 かなりの山奥で、いにい、車の底を擦りながらの到着で、正直「れた」


 本当はもう一つこの近く(山を一つ越える)にある「祖谷渓の小便小僧」を見に行きたかったのだが・・・
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 ※ 9年近く前(下の子が生まれて間もなく)に訪れた時の写真

 でも、これで四国の名水・名城・棚田の百選は全て制覇だ!
四国は平定したぞ!次は九州討伐じゃ!」と気分は太閤さんだ。

 それはそれで、日没も近かったので、帰ることにしたが、何かしら体が熱い・・・

 火照る体をめようと近くを流れる川に入って行水をおこないサッパリした体で家へと帰りました。

 5日間の長旅で、川遊びに魅了された3人であり、これから「夏の川キャンプ」の回数が増えそうな予感です。

長らくのお付き合いありがとうございました。「」です。



 総走行距離 1,460㎞

 また、名水・名城・棚田はそれぞれのカテゴリーでアップしますので、写真が多く読みづらいでしょうが、よければ見てください。

四国平定の旅 4日目 Part2

 10時に出発し、徒歩で宿の間近にある名城「湯築城跡」を訪れた。
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 この城は広場に復元の武家屋敷と資料館それと土塁などが残るのみで、子供たちも明らかに退屈しているのが態度で判ったので、早足で回った。
 でも、お堀に咲いていたハスの花は綺麗やったな~
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 ※ よく見たら、バッタが花びらの中に入っている。

 外堀を周っていたときに、ちょうど「坊っちゃん列車」が走って行った。
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 子供らに「あれ乗りたいか?」と聞いて見るが、既にテンションダウンしており、「別に~」とそっけない返事・・・(お前らは沢尻か!)

 その後、道後温泉へと続くアーケードの商店街を散策し、名物の「じゃこ天」を見つけるたびに購入し食べ比べる私。
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 ※ 子供らは、「じゃこ天」なんかより「アイス」らしい。

 ちなみに私の一番おいしいと思ったのは、この店の「じゃこ天」だ!
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 ※ 清水商店さん

 ブラブラ歩いて、道後温泉本館にぶち当たる。
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 ※ 俗にいう「坊ちゃんの湯」だ。

 この温泉は夜に落ち着いて入りに来るとして、今度は逆に歩いて商店街の入り口にあった足湯で一休みする。
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 この足湯の隣にはからくり時計があって、最初この状態が、
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一段伸びて、
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 更に一段伸びる。
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 そんでもって小説「坊ちゃん」の登場人物がそこらから出てくるというヤツだった。
 ※ 私はマドンナと赤シャツしか判らなかったけど・・・

 その後、本来目的の松山城を訪れるのだが、移動は「坊ちゃん列車」でと予定するも、満席で立たなければ乗れないらしい・・・
 ただでさえ暑くてたまらんのに・・・てな訳で展示している坊っちゃん列車の前で記念撮影し、
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 フツ~の路面電車に乗車することにした。

 ただし1日乗り放題ワンデーチケットを購入したで~
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 ※ って言っても大人500円のこども300円だ。や・っ!

 路面電車で大街道駅に移動しそこから徒歩での移動だが、少し歩くだけなのにしてくる。
 
 初代城主 加藤嘉明公の像まで10分ほどの移動の間にジュース2本買わされた・・・
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 このお城はロープウエイがあるくらいの山の上にあり、いつもの私なら必ず「いてるぞ!」というので、かなりヘコミながらついてきていた子供らも、購入したロープウエイの乗車券を見せるとこの笑顔だ。
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 ※ 往復の乗車券と天守閣の入場券がセットになったものだ。

 ここのロープウエイは隣にリフトもあって、どっちに乗ってもいいらしい。

 ロープウエイは待ち時間があるのでリフトで!と勝手に乗り出す子供ら。
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 でも、遅れて出発したロープウエイ
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 あっさりとかれる・・・
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 ※ 茫然と見送る子供たち 

 ほんでもって山頂の天守閣に到着
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 ※ リフト降りてからも10分ぐらい歩かないとダメです。

 城の中もうだる様なさで、子供たちはしい場所を必死で探し出す。
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 そのわりには下の子が「を着る体験がしたい」と言ってきかない。
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 ※ まあええけど、前の人の汗でビチョビチョやで・・・


 本丸・天守城を観終って山を降りるのだが、またリフトに乗っていたら二の丸が観れないので子供と交渉に入る。

「帰りにリフト乗らんかったらその分の返金あるらしいで! そのお金でジュース買っちゃろか?」

「ジュースなんていらん! 暑いから、もう歩きたないねん・・・」

「ほんならかき氷やったらどうや!」

「わかった! 歩いて降りる」とのこと。 チェッ!足元見やがって・・・

 それで、大街道の商店街にあるサンマルクに入って、「好きなん注文せ~よ!」と言って
 目の前に出てきたのがこれだ
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 ※ フラッペとかき氷・・・こっちのほうが返金の何倍も高くついた・・・ でも、美味しかった!!

 その代わりに写真におさめることができた三の丸から見る二の丸・本丸
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 この後、宿に戻り、落ち着いてから夜の街に子供たちと浴衣で繰り出したのでした。


つづく(残るはあと1日だ!)

四国平定の旅 4日目 Part1

4日目の朝、道の駅「ひろた」で目を覚ます。

 この場所は、昨日訪れた内子からさほど離れていない。

 実は温泉と美味しいものを求めて、伊予市まで移動し満足したのちに就寝しようと翌日の目的地である名水「杖の淵(じょうのふち)」の駐車場まで向かったのだが、入り口にチェーンが張られ入れなかったのだ。

 仕方なしに、道の駅を検索し最寄りがこの「ひろた」だったのだが、30㌔ほど山奥への移動は腹の皮が張って、ネムケ満開の私には結構きつかった。

 朝食を済ませ、杖の淵まで移動する。
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 名水は24時間湧き出しているが、駐車場は8時にならないと開放されないらしい。
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 ※ 現在時刻は7時30分 「8時まで待ちますか~!」

 ところが、公園を管理している職員さんが自分の車を駐車場に入れる際、一緒に通してくれたので助かった。

 看板にもあるように、この名水は公園内で湧いていて、公園にはたくさんの遊具と
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 ※ 私も乗ったが、コギ過ぎて目が回った

 流れる名水で遊べるスポットがあり、地元の子供らが安心して遊べる場所として人気のようだ。
 でも、時間が早いため水は流れてなかったけどね(9時開始らしい)・・・
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 ※ 交渉したがさすがに水は早めに出してもらえなかった・・・「9時まで待ちますか~!」

 ちなみに公園を管理している皆さんは仕事熱心で、朝早くから「セッセと」公園清掃消毒をしていた。
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 そのおかげで池に佇むガアガアも気持ちよさそうだ!
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 この後は松山市内の観光なのだが、車で移動より公共機関での移動が便利と考え、今日、宿泊予定の「メルパルク松山」にお願いして、チェックイン前に車だけ置かせてもらい歩いて市内に繰り出した。
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 写真整理が追いつきませんので、後日に続きます。
プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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