春が来た!

 先日、バイクがまだ戻ってこないとボヤいてしまったが、その翌日、いきなり「バイク治りましたよ!」とディーラーさんから電話が入った。

 そして今日、子供と一緒に電車に乗ってお迎えに伺った。
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 子供はヘルメットを持って電車に乗るのがハズカシイそうだ。
  ※ 口には出さなかったが、私も・・・だからアナタをったのだ!

 電車で移動すること1時間と30分(遠い)
 更にそこからくこと30分(汗まみれ)

 たどり着いたディーラーさんに佇んでいたR12C・・・
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 ・会いたかったぞぉ


 交換部品を見せてもらった。
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 ※ ファイナルギア

 この部分に入っていたシーリングがダメになり、オイルが駄々漏れして前に乗っけたように放射状に飛び散る・・・
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 ほんでもってそのまま走行することで、内部のベアリングが変形しその他の部分にも不具合が生じたらしい。
  ※ 確かに手で回してみても、一回転させるのに変な抵抗を感じるところがあった。

 まあ、治って良かった、良かった。
 さあ、一緒に帰ろうと子供を乗っけて家に向かう。

 途中、上機嫌の私は「内緒でなんか美味しいもの食べよう」と子供に提案する
が、「家に帰ってから皆で食べに行こう!」としい上の子

 そんなこんなで家の車庫に無事、帰還
 

 晩飯は子供の希望どおりステーキとハンバーグの「BIG BOY」だ
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 ※ 目ン玉光りすぎ・・・チョットこわい

 「今日はなんでも食え!ジャンジャン注文せーよ!」と財布のリミッターカット宣言
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 子供らは喜んで食べていたが、看板料理のステーキハンバーグは「本当に看板を食わせるのか?」と思うくらい硬かった(こんな硬いハンバーグ初めて食べた)。

 さあ、遅くなったが到来だ!
 バイクでどこに行くか考えなくっちゃ!

俺の春はまだか~

 今日、職場の同僚とお食事をした。(昼から焼き肉バイキングだ)
 
 そのなかの一人に最近バイクを買った人がいて、「是非、見たいので乗ってきて~」とお願いして、目の当たりにしたのがこのバイク。

 VT1300CDSC_0018_convert_20140522202051.jpg ※ 思わず跨っていた(許可も得ることなく・・・)

 ホンダのバイクらしいが、日本製でこんな斬新なのがあったなんて、とってもビックリ

 ところで私のR1200Cは何時になったら修理完了となるのだろうか?
 修理部品の発送(船積)予定が全く判らないとのことだが・・・そんなもんなのだろうか?
 不安るばかりだ。

 早く戻ってきておくれ! 一緒にを楽しもうじゃぁないかR12c君!
 

蜂須賀氏が築いた戦国末期の平山城

徳島城
 JR徳島線 徳島駅の北側、吉野川のデルタ地帯に位置しする渭山(イノヤマ)にかの蜂須賀小六正勝公の息子である蜂須賀家政が築いた平山城

 城の鬼門(北東)にあたる門の数寄屋門東側に渡されていた数寄屋橋を渡って城内に進入・・・
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 ※ 数寄屋門は不明門と呼ばれ、凶事の際以外は開かれることが無かった…ということは、ほぼ、渡られることのなかった橋だ。

 進むとすぐ左手に旧徳島城表御殿庭園がある。
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 ※ 藩主 蜂須賀公の居間や表書院の庭であったらしい。

 この庭園の隣に徳島城博物館があり、こちらでスタンプはゲット
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 博物館自体はこれと言って・・・やけど、現存最古の和船「徳島藩御召鯨船 千山丸」が間近で見られてはチョット良い(写真はない!)


 博物館を出て南進すると本来の出入り口である大手門跡に至り、そこに架かっている下乗橋
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 渡ると鷲の門が左手に見えてくる。
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 ※ 内側から
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 ※ 外側

 鷲の門は唯一、明治8年の解体後も残されていたが、戦災で焼失しその後 平成元年に復元されたらしい。

 鷲の門を出て左手に見えるお堀(内堀)と石垣が結構綺麗で私は好きだ。
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※ 桜が咲いとったらきっと綺麗で!

 石垣には緑色片岩と呼ばれる阿波の青石が用いられ、他の城とは違った趣がある。

 来たコースを逆に戻り、今度は博物館を右に見て進むと左手に藩祖である蜂須賀家政公の銅像があった。
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 以前は親父の小六公(家祖)の銅像だったらしいが、戦争で提供されてしまって、昭和40年に建てなおされた時には息子の家政(藩祖)になっていたらしい。

 更に進むと城山に登る階段になり、
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 登っていくと西三の丸跡に至るが、ここは現在、市の貯水地になっていて跡かたもないので写真に撮ってない。

 更に登っていくと西二の丸跡に出て、
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 そこから本丸に至るには弓櫓跡の石垣と
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 帳櫓跡の石垣を通るが、これらも結構イイ!
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 本丸跡
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 ※ 結構広い

 東側から城山を降りるが、最初に目に入るのが

 本丸東の石垣
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 ※ 苔生して草もボーボー
 
 続いて東二の丸跡に至る。
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 ※ 奥には「天守跡」と書かれている。

 初代天守は本丸にあったが、元和期に取り壊されてその後、一段下の東二の丸に建てられたらしい。
 ほとんどのお城の天守は一番上の本丸にあると思っていたが、めずらしいケースだと思う。

 更に降っていくと、左手に太鼓櫓跡が見える。
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 ※ 建物のように見えるのはラジオ塔で昭和8年にNHK徳島放送局の開局記念で建てられたものらしい。

 そして降りきると家政公の銅像前にまた戻ってきた。

 ちなみに、この銅像の近くに売店があるが、その裏にこんなわった石垣もあった。
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 ※ なんでか出ッパっていて、「舌石」と呼ばれているらしい。

 なんにせよがかった石垣が綺麗なお城であった。

お願い、残して!

江川の湧水

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 吉野川遊園地に隣接する水源とのことであったが、訪れてみると遊園地自体の母体が解散し、元遊園地となっていた。
 現在は跡地に「麻植(オエ)協同病院」たるものの移設工事がなされており、こともあろうか水源地までとりこんでいるのか水がほぼ干上がっている。
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 ※ とりあえず、前みたいに珈琲のフィルターで何度もこして飲んだけど…


 「リメンバー 江川の湧水」とポストイットに書いて、工事現場の看板に張り付けておいた。

 ※ 家に帰って調べると、平成23年12月の議会における市長所信表明では、病院と湧水の共存を訴えているようだが・・・
 今は平成26年やで!

求ム! ヒヨコ鑑定士

子供の日にジーさんがサプライズプレゼント!
子供のために知り合いから「ヒヨコ」貰ったから、とりに来てくれとの電話があった。

ヒヨコなんて・・・と言いながら訪ねると、

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け、結構、可愛いやんけ・・・

子供も大のお気に入り!
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ただ、下の子は「卵3回産んだら、その後べる。」と言っている。(←自分がどんなけ恐ろしいこと言ってるのか多分解っていない。)

 そもそも、卵を産むメンドリかどうかも判ってないのに・・・

険しい道を登った御褒美

剣山御神水(つるぎさんおしきみず)

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 四国の屋根とも呼ばれる霊峰・剣山の山頂近くで、リフトで上がれる最終駅の「西島」から山頂に向かう尾根道コース(960メートル 約40分)ではなく大剱神社を経由する大剱道コース(1200メートル 約1時間)の道沿いにある。
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 ※ 簡単に何mって書いてあるが、その何倍にも感じる道や!

 下から見たらこうだ。
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 ※ 山道っていうよりほぼ崖だ

 上が切れているが、大剱神社の御神体「御塔石」の下から湧き出し、昔から病気を治す若返りの水といわれているらしい。

 この御塔石の裏側に大剱神社がある。
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 良縁の神様だ。

後部シートの改良?

 暫く時が経ってしまいましたが、最後宿題であった「ジムニーの後部シートで座面をつけた状態でも背もたれを倒してフラットな状態にできるよう検討」(長い)することにした。
 ※ 時間がかかったのは、なかなか形状に合わせて細工できる部材を決めれなかったからだ。 

 あれこれ迷ったあげく、倉庫に眠っていた蛇腹式の銀マットを寸法切り(92cm)して、
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 はめ込むことに。
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 蛇腹の一枚分をさらにカッティングして、背もたれの下に潜り込ませると、それっぽい形になる。

 いざ、座ってみてもおしりの部分がちょうど空白部分になり、結構安定して座れる。
 この上に寝袋をサイズに合わせて畳んで置けば、クッション性も更にアップするだろう。

 背もたれを倒しても、干渉することなくフラットになる。
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 もっと格好よく改良しようと思っていたが、発想の転換でいざと言う時に有効なアイテムである銀マットを使うことで、「一粒二度おいしい」を狙おうと考えている。

 

瀬戸内に浮かぶ堅牢な水城

高松城(別名 玉藻城)

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 秀吉の四国平定後、家臣の生駒親正が丸亀城に続いて四国の抑えとして、また、瀬戸内水軍の監督役として築いた平城(水城)で瀬戸内の海水を外堀、中堀、内堀の三重に引き込んだ設計(縄張り)は、黒田如水とも言われている。
 城全体が海に浮かぶようにも見え、日本三大水城のひとつとされています。

 いつもなら周りを一周廻ってから、車の停める場所を決定するのだけど、気持ちに余裕場無かったのか、近くにあるフェリー乗り場に面した公共駐車場に駐車する。
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 ※ 立体駐車場からの風景、四国フェリーの乗り場(宇野行き)の道向かいがお城になる。

 西入口に向かって歩くが、月見櫓を左に見る。
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 ※ 櫓の右に渡櫓水手御門が見える。ココから藩主は船を出したらしい。

 ちなみに内側はこのようになっている。
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 お堀の水は少ないが、明らかに海のいがする。
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 更に進んで、西入口を入り、すぐ左手に廉櫓跡があり、
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 対して右側に二の丸跡が見えてくる。
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 二の丸を右に見て南進すると、(さや)があり、
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 この橋で天守閣跡と繋がっている。
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 天守台
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 ※ 披雲閣の方から見た天守台 右に見えるのが鞘橋 

 天守閣は地下もあったようで、礎石が「」の字に残っているのが発見されている。
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 天守台から見た鞘橋二の丸
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 また西入口の方に戻り、今度は東進すると右手に内堀があり、そこに魚の黒い影が沢山見える。
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 よく見ればタイなのだ!
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 こんな看板もある。タイが餌付されているようだ・・・
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 ここを通り過ぎれば、右手に披雲閣庭園が広がり、松平藩時代の面影を偲ばせる。
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 ※ 奥に見えるのが披雲閣。 松平藩時代の政庁及び藩主の住居とのこと。

 回り込んで正面から披雲閣を撮ろうと思うが、フレームアウトする。
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 ※ 昔はこの2倍の大きさがあったとか・・・ 

 披雲閣から更に南に進むと、桜御門跡
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通って、桜の馬場に至る。
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 ※ 馬の教練をした場所で今は桜の名所になっている。

 チョッピリだけど、まだが残っていた。
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 更に進むと、艮櫓(うしとらやぐら)が見えてくる。
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 ※ 旧太鼓櫓跡に元々東の丸にあった艮櫓を移設したらしい(私が生まれた昭和40年の出来事)。

 お堀(中堀)から見た艮櫓
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 ※ 右に見えるのが旭橋

 艮櫓の横を琴電が走るが、電車を待ち切れなかったため線路だけ・・・
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 ちなみに現在写真を撮っている場所がお城の専用駐車場で無料のスペースだ。
 こっちから回ればよかったと後悔・・・

 なんにせよ、都心に残る小粋なお城であった。  

4段重ねの高石垣で守る現存最少の天守

丸亀城
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 香川県丸亀市にある高石垣と小さな天守が有名なお城

4段なった高石垣は圧巻だ。
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 天守は現存する木造天守の12のうちの一つで、もちろん国宝である。

 4段の先ず一段目は内堀に面した石垣で
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 ※ ゴールデンウイーク中の丸亀お城まつりを前にして、鯉のぼりがイッパイ泳いでいた。

 お堀に面した高麗門である大手二の門から進入する。
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 入ってすぐ右手に大手一の門があり、
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 よって枡形門を形成しており、大手枡形と呼ばれている。

 大手一の門を内側からみる。
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 ※ 楼上に太鼓を置いて、時刻を知らせていたらしく、太鼓門とも呼ばれている。

 更に進むと、御殿表門に至る。
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 ※ 藩主居館の玄関先にあった門で、玄関前御門とも呼ばれている。

 ここをくぐって山上に向かう坂道を歩くことになるが、この坂は見返り坂と呼ばれている。
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 坂を登ると、三の丸北側の石垣が見えてくる。
 これが二段目の石垣であり、高さが23mになるもので隅角部の石垣は美しい曲線を描き、「扇の勾配」と呼ばれている。
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 この美しさを見るのに振り返ることから、見返り坂となるのだ!!

 三の丸にいたる。
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 三の丸には3か所の隅櫓があり、その一つは北東櫓
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 もう一つが月見櫓
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 ※ 向こうに讃岐富士(飯野山)が見える。

 最後の一つが三の丸隅櫓 
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 だが、ここから見える二の丸石垣もすばらしい。
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 もうひとつ、三の丸井戸付近から見た二の丸石垣
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 二の丸にも沢山の櫓跡があるが、写真が整理できていない・・・
 ちなみに、これは二の丸井戸
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 ※ 深さ65mで日本一深い井戸とされていて、まだ水があるらしい。

 最後に本丸の石垣が4段目となる。
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 ※ 二の丸から見た高石垣

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 天守閣
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 ※ 三層三階で高さは15m。 現存12天守で一番小さい。うちの近所の岸和田城より小さい。

 本丸から見た天守閣
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 三の丸井戸付近から搦手(からめて)門方向に石段を降りて行く。
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 途中、栃の木御門跡を通り、
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 搦手門跡に至る。
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 搦手門手前の左側には、古い野面積みの石垣が残っていて、打ち込みハギで積まれた石垣との対比ができて面白い。
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 まあ、なんしか石垣だけで何枚写真撮ったか判らんぐらい、すばらしい石垣のお城である。

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 今日もランニングで人だかりを発見。

 「ふじまつり」は前に述べましたが、今日は少し様子う。
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 り取っているではないか!
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 「5日の子供の日に刈るんちゃうの?」と聞いたら、「今年は散り始めがく、5日まで持たないとのこと・・・」

 私もひと房もらって帰った。

 それともう一つのい、気づきませんか?

 そうです。カメラのピントが合ってます!

 スマホをえました。

 ソフトバンクからauです。
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 乗り換えのキャッシュバックがあって財布にもしいし、画面もでっかくなって、老眼の目にもしいです。

 でも、使い方が全く判りません
プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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