ジムニーで春休みの旅

計画していたのは四国だった。
私が3連休(3/25~27)なので車中泊しながら愛媛、香川、徳島の名水・名城を制覇しようと考えていたのだが・・・
残念ながら天気予報は前の2日がとのこと・・・

 この計画は後日に延期してとりあえず車中泊を楽しみなが食べまくりの旅にしようとあてもなく上の子二人で家を出た。

 出発がどきであったので、30分ほど進んだ先であった焼き肉バイキングでタラフク(写真を撮る暇がないくらい)食べた後、南に車を走らせる。

 予報通りが降り出した。

 ずっと下道を走り、和歌山は南部を過ぎたところで私の好きな(前にも紹介した)するめイカ一夜干しを頂いた。
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 さすがに1枚しか食べることができなかったが、とても美味しかった!
家ではこんな風にらかく焼くことが出来ない。
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 ※ iPhoneカメラの調子が悪く、ビックリするくらいピントがあわない!

 そこから更に南下し、いっそのこと紀伊半島をぐるっとろうと決意する。

途中、橋杭岩
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獅子岩
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に立ち寄るが、雨と日没で何も見えない。(だからこの写真は過去のものだ)

 尾鷲の道の駅で力尽き車中泊する。

 翌朝、6時頃に空腹で目を覚ます(よく考えたら晩飯食ってない!)

 (ハンパない)のため外に出ることなくジムニーの中でうどんを炊いて、釜あげうどん風(←一番簡単だ)にして頂く。
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 この時、湿気で車内がスチームサウナのようになった。
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 朝食を済ませ、また車を海岸沿いに走らせる。

大王崎に寄ったが
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 雨のため灯台までは行かなかった。

 時計を見れば10時30分であったが、もうってきた。子供に訊いても同意見であったので、確か近くにあった筈だと、車を30分ほど走らせ、到着したのが浦村の「山安水産」さん。
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 的矢地区に負けず劣らず有名な牡蠣の産地であるこの地域は食べ放題の店が多いが、この山安水産さんは時間無制限で食べられるのだ!
しかも大人2,000円、子供1000円と低料金である。

 を言えば他の店は炭で焼くのであるが、こちらはである。
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 よって最盛期にはがスゴイ!
 まるで火災と見紛うバカリである・・・
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 でも焼きたての味は変わらずい!
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 ※ プリプリや~

 店の周りには食べられた貝殻が山積みにされており、
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 我々も負けずに食うぞ~っと3時間の長期戦で挑んだが、2人でこんなけ・・・といっても私はたぶん過去最高に牡蠣を食ったと思う。
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 ※ 100個は食ったで!

 続いてお伊勢さんに参ろうかと思ったが、ちょうど天皇さんが訪れていたようで、かなりの人だかりであったので止めにし、近くの名水を訪ねた。

恵利原の水穴天の岩戸
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これが水穴
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 穴の谷霊水を思い出させるような雰囲気のある名水であった。
 ちなみに子供は牡蠣の食べ過ぎでダウンしている。

 まだ日没までに時間があるので四日市まで移動し名水を訪ねようとするが、渋滞につかまってしまい、日没を迎えてしまう。

 名水は明日訪れるとして、問題は晩飯だ!
 子供はまだ腹に牡蠣が残っているようであるが、「情けないことを言うな」と諭して、訪れたのが御当地「四日市 大トンテキ」の老舗 まつもとの来来憲で、当然、名物の「グローブ」と呼ばれるトンテキを注文した。
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 美味しく頂いたが、子供を見るときそうな顔をしている。
 半分以上私が食べることとなり、子供いわく「美味しいけど空腹時にもう一度連れてきて!」とのことだ。

 夜になり近くのスーパー銭湯でサッパリし、また近くの道の駅で車中泊する。

 朝、目覚めて早速の朝食であるが、粉末のコーンスープフジッリって言うの?ネジみたいなパスタの変なやつを煮込んで食べた。に優しい・・・
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 ※ 今日は雨もあがり、開放状態での調理のため快適であった。

 食後、身支度を整え名水巡りに出発し、ほどなく目的地に到着。
 四日市市智積町にある名水

智積養水
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 ※ 子供はまだネムケ眼のようだ。

 街の水路のいたるところでコイが泳いでいた。
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 ※ ビックリするぐらいデッカイやつもいた。
 
 案内看板で約3キロ離れたところに水源地があるとのことで、いにったが辿り着いたのがこちら
蟹池だ。
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 流れ出る水はとてもんでいて、どこぞの川と違って何の迷いもなくむことが出来た。
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 次の目的地であるが、四日市から車を関ヶ原方面に走らせ、向かったのがこちら
養老の滝
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 到着するまで関ヶ原にちなんで豊臣徳川の話を子供にく語るも上の空であった子供であるが、間近でみるの迫力に写真をりまくりであった。
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 滝への道中にはお土産屋さんがイッパイ立ち並び、店前でよく見かけたのが流水を利用し良く冷えたサイダーやラムネ
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 子供も知らないうちに自分のこづかいで御当地「養老山麓サイダー」を買っていた。
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 ※ 養老の天然水でつくられたサイダー 甘くて美味しかった。

 養老の滝で名水に指定されているのがこちらの
菊水泉
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 こちらには水汲みの設備が整えられている。
養老」とは「老を養う若返りの水」とのことらしいので、がぶ飲みしておいた。

 時計を見ると正午であった。いちおうの目的も達成(名水の近畿完全制覇)し、今回の旅はこれで終わりしようと思ったが、最後にもう一品なにかコレというものを食べたい。

 まあ、帰り道でなんかあるやろと車を走らせ、思いついたのが「天下一品

 テンイチのラーメンである。
 常日頃、「テンイチのラーメンは本店が一番や!あそこのを食べたらほかの店は食えんで!」と子供らに言い聞かせているが、本店で食べたのは私が学生時代の30年近くだ。
ちなみに学生(大学)時代には、学割がきいた(いまはどうなん?)のでよく通った。

 今はどうなっているのかという思いと学生時代のノスタルジーに浸りたい思いとで白河通北大路の本店を帰り道に訪れた。 
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、なんと
定休日だった!

 子供もショックを受けたようでんでいる。
 せっかく腹をすかせてここまで来たのに(昼飯をいている)、もうなんでもええわ!と二人は通り道にある王将でやけ食いして帰ったのでありました。

参考情報
総走行距離 909キロ
増加体重  3.5キロ

完全復元の日も近い? 東海道の堅城

小田原城
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 15世紀中ごろに大森氏が築いた山城がその前身で、その後、大森氏を滅ぼした後北条氏の居城となり繁栄を極めるが、今ある城は有名な小田原攻めで豊臣秀吉によって北条氏が滅ぼされてから更に40年が過ぎて入城した稲葉氏が大改修し近代城郭として生まれ変わったものがベースとなって復元・復興(地震によっても何度も大ダメージを受けているらしい)されたものだ。

 東京見物の帰りに、自分の好きな時間を・・・ということで小田原城に立ち寄ったのだが、もともと城めぐりなんぞには興味などサラサラい我が家の家族たち。
 「それならファミレスで時間つぶしといてくれ!好きなん食べていいから。」と一人で城に向かった。(駐車料金と拝観料を考えたらそんなに差は無いはずだと考えた。)

 側(正面)と側、側に入口があるが、南入口から進入して先ず目に入るのが右手に
御茶壷曲輪跡
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 更に進むと出丸にあたる馬屋曲輪があり、そこから北側に進めば住吉橋を渡って二の丸に通じている。
住吉橋
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 ※ 奥に銅門(あかがねもん)が見える。

 馬屋曲輪を東側に進めば、正面入り口に通じるが、ここは馬出門枡形と言われ、馬出門内冠木門土塀で周囲を囲む枡形門の構造だ。
馬出門
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内冠木門DSC_4898_convert_20140321163733.jpg
 ※ 入ってすぐ右側が馬出門だ。

で、住吉橋の方に戻って、橋を渡って小さな門(内仕切門)をくぐると左手にひと際大きな門が見えてくる。(この部分も枡形門の構造ということだ。)
これが銅門だ。
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 二の丸の表門にあたる門で重厚な造りだ。
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 二の丸跡を軽くスルーして、本丸に向かう。
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 ※ ただの広場だ。

 常盤木橋を渡って本丸に入るのだが、
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 この橋の下には今は空掘りとなっているが、本丸東堀跡がある。
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 橋を渡りまた門をくぐることになるが、こちらも枡形門の構造で、
こちらの門(であるが)
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とこちら
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をあわせて常盤木門(ときわぎもん)と言うらしい。
 さすがに本丸の正門とあってこちらも重厚な造りだ。
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 この門をくぐると天守閣が見えてくる。
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天守東側
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天守北側
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天守南側
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天守からの見晴らし
東側、良く晴れれば房総半島まで見渡せるそうだ。
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 ※ とりあえず三浦半島は見えているが・・・

南側
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 ※ 南西側には秀吉小田原攻めの際に築かれた石垣山城跡がすぐに見える。

北側
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 ※ 小田原駅が最寄り駅ですぐそこ。新幹線が来るまで待てなかった・・・

 天守北側には御用米曲輪跡があり現在は発掘調査中だ。
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 ※ その奥(北側)には焰硝曲と弁財天曲輪があったらしいが、現在は旭丘高校の校舎が建っている。

 天守南側には小峰曲輪があったが現在は報徳二宮神社と姿をかえている。ただ、いたるところに空掘りがあり、名残を感じさせる。
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 ※ 小峰曲輪北堀 畝上の仕切がある障子掘であったらしい。(山中城を思い出した。)

 ちなみに報徳二宮神社の「二宮」は御存知の二宮尊徳であり、銅像が祀られている。
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 ※ 二宮尊徳(金次郎)は、江戸時代の農村改革の指導者で、逆境を努力で切り拓き、惜しみなく働き、多くの農村の救済に尽力したとある。


 小田原城、現在は城址公園として整備されていて中に遊園地などもあって人が多いが、昭和の初期から隅櫓を皮切りに、天守常盤木門住吉橋枡形銅門馬出門が復元され、現在も市をあげて整備が続けられている、近い将来元の形を取り戻すかも知れないと感じた。
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 ※ 乗せ忘れていた・・・隅櫓 昭和9年に再建とのこと。

 約2時間半の城めぐりのあと、家族のいるファミレス「ガ●ト」に向かい、合流する。
 皆の食べたものを精算すると6千円で少しのお釣りであった。

 どんなけっとんねん!
 ホテルの朝食(当然バイキング)を食べてまだ時間もたってないのでそんなに腹には入らんやろと考えた私がバカだった・・・

ジムニー後ろのドア改造 続続編

 さて、仕上げと行きますか~

 思い切ってドリルをあてる。
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 ※ ポンチが無かったのでクギで代用した。

 が開く。
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 してみる。
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 さすがに長すぎなので、適当にカットする。
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 そして内張りカバーにも同様のを開けて
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 ※ 子供が手伝ってくれてアリガタイ。

 元通りに復旧すると
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 デキ上がりだ!

 ドアを開けるときは、ノブを押し込めばOK~
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 ※ ドアが開いた状態。 長さもピッタリだ!

 開けた穴がピッタリ過ぎて、たまに引っかかるような状態になるが、なじんでくるかもしれないので暫くこのままにしようと思う。

ジムニー 後ろのドア改造 続編

久しぶりだがジムニーの改造だ。

ホームセンターでそれらしきモノを買ってきた。
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ヅン切りボルト(?)の端をカセットコンロで真っ赤チンチンになるまで熱する。
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ボルト(M6)がちょうど入る様にラジオペンチでげる。
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これに適度にワッシャをかまして、後ろのドアを開けるときに上下していた部分に固定する。
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これにツマミとなる部分を付けて、出来上がったものは、まだ寸法合わせをしていないがこんな感じ。
引っ張ればドアがくことを確認!
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あとは、寸法を合わせてカットし、ドアのこの部分(ロックの部の左側約5cm)から出すために穴をあけなければならないが、やっぱチョット勇気がいる!
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真剣に位置を調整するため、また後日実施することに。

秀吉が築いた石垣の城 甲府城

甲府城

 甲府盆地北部にある平山城で武田氏館からは2キロ程しか離れていない。
 歩いても行ける距離に100名城つあるとは、なんて恵まれた土地(今も過去も)だと思う。

 別名は舞鶴城で現在は公園として開放されている。
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 ※ ゆうき(遊亀)橋手前から本丸を見る。 何重にも重なって見える石垣が素晴らしい。

甲斐国では戦国期から甲府が政治的中心地となって、躑躅ヶ崎館(武田氏居館)を中心とする武田城下町が造られ繁栄を極めたが、武田氏滅亡後は甲斐の国の支配は信長、家康、秀吉の順で巡ることになり、この城の築城については秀吉の命により築城されたとなっている。
 築城者が家康となっている本もあるが、家康がこんな見事な石垣を築ける訳がない、いろんな説があるが、秀吉の命で石垣造りのスペシャリストである穴太衆(あのうしゅう)が活躍したに違いないと思う。(個人的な見解で申し訳ないが・・・)
 まあ、何であれ関東の徳川家康に対抗するための重要な戦略拠点として築かれたといわれ、徳川体制になってからは西側への備えとしての重要性を保ち続けたといわれています。

 歩いた順で紹介します(長いで~)が、

鍛冶曲輪
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 ※ 自由広場となっている。

数寄屋櫓跡
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数寄屋曲輪
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二重の石垣(稲荷櫓東側)
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 ※ 解体調査で判明したもので、石垣を積みなおしているようだ。

稲荷櫓
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これは内側で殺風景であるが、にまわると
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結構い!

 ここまで歩いてきたが、雪深いところを「ザックザック」歩いていると、急に激しい便意を催した。
 過去に経験した「鳥取城の悪夢」が頭によぎったが、さすがに公園として整備されているので、
稲荷曲輪に綺麗なトイレがあった。
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稲荷曲輪から天守台方向に「ザックザック」進む。
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天守台の全景が見えてくる。
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 案外小さいなと思っていたが、見えていたのは一部分で、穴蔵のある立派なものであることが回り込んで判った。

本丸から見た天守台
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天守台の穴蔵跡
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 他の部分のそうやけど、野面積みの見事な石垣だ。やっぱり穴太衆や、ええ仕事しとんで!

天守櫓跡
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内松陰門
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 ※ 屋形曲輪と二ノ丸を繋ぐ門だ。

(あかがね)門跡DSC_5133_convert_20140313191753.jpg
 ※ 本丸西側にあった鉄門と対になっていたもの

(くろがね)門 
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 ※ 本丸西側ある天守曲輪を繋ぐ門 本丸(内側)から
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 ※ 天守曲輪(外側)から 

 鉄門の左には明治天皇から山林をモラッた記念に建てた謝恩碑があるが、この城のどこから見ても一番目立っていて正直邪魔だ!

中の門跡
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 ※ 天守曲輪・本丸に通じる門

坂下門跡
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 ※ 鍛冶曲輪と天守曲輪・二の丸を繋ぐ門

武徳殿
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 ※ 二ノ丸にある

鍛冶曲輪門
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 ※ 鍛冶曲輪と楽屋曲輪を繋ぐ門

 写真イッパイならべたけども、全体を通じて素晴らしい石垣で稲荷櫓東側には高さが17mにもなる高く積まれたものもある。
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 これだけのものはやはり穴太衆の働きがないと無理と考える。
 ゆえに信長の後、穴太衆を引き継いだ秀吉の建築と見る方が自然だと思う。

あ~ぁ やってもた!

先日、太閤さんの石垣をみて、東京見物に行ってまいりましたが、その間で大変なことが起こっていたのです。

それは、大切なR12Cちゃんが、R12cちゃんが・・・
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 走行不能になっちゃった・・・

 石垣を見て、やっぱりユーザー車検じゃ心配だから24か月点検を受けようとディーラーさんに向かう途中の出来事だった。
 まえから「シュッ シュッ」っていう異音がしていたので気にはなっていたが、タイヤが片べりでもしてるんかな~と思っていた。
 放射状に飛び散るオイルを目の当たりにし、事の重大さを知る。
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 ドライブシャフトオイルが漏れてたんや!
 「こんなことなら、もっと早く・・・」と後悔しても始まらんし、電話してディーラーさんに迎えに来てもらった。

 修理代30万近くになる模様だ・・・

 ディーラーさんは30万円く言うけど、どうやってお金を工面しょうかと只今考え中だ!

お上りさん

てきました!

ダイハツ 「オーヴォ」 
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 もう 感動~

 し、しかも今回はちょっと贅沢をして、東京公演を見にやってきた。
 シルクドゥソレイユは「サルティンバンコ2000」を見て以来だから14年ぶりだ。
 たしかあの時も感動し、公演内容を収録したVHSビデオを購入したが、今回はDVDだ!

 家族では初めての東京見物で、ざっと説明すれば

 
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 ※ 子供に撮ってもらったら、見事に頭が切れていた・・・

 のタワーを観て、

 浅草寺を訪れる
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 ※ 雷門 人だらけ・・・

・・・という典型的な「お上りさん」ツアーだ

 その後、お台場に移動して、
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 オーヴォ観て、

 横浜に移動して 
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 中華街で舌鼓・・・

 人混み嫌いの私にはチョッピリ辛かったけど、大満足の旅行でした。



 PS.
 翌日は私の時間で、小田原城巡りをし、帰り道で以前から気になっていた御在所サービスエリアの「ぐるぐるウインナー」を
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食し帰宅したのでした
 

蘇れ! 太閤の城

 先日、新聞で太閤時代大坂城石垣30年ぶりに発掘され3月7日から9日までの3日間一般公開されるとの記事を読んだ。

 7日が仕事明けで夕方から出発して、東京見物(9日まで)に行く予定のため少しでも睡眠をとりたいと思っていたが、これを知ってしまったからには、イテモタッテモおれんかった。

 仕事が終わって、家に帰って10分で身支度を整え、R12cに乗って大坂城へ・・・

 今回公開されているのはこの部分の石垣
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 ※ 詰ノ丸の石垣になるらしい。現在の天守閣(徳川期)の南側、金蔵東側の地下にあたる部分だ。

 ご存知のとおり、1615年の大坂夏の陣で豊臣方が敗れた後、初代の大坂城は徳川幕府によって覆い隠すように地下に埋められ、新しい城が現状のように築かれているが、大坂夏の陣から400年の節目となる2015年にこの貴重な太閤の城跡を公開できるような施設を造ろうと言うプロジェクト(豊臣石垣公開プロジェクト ←もっとええ名前あると思うが・・・)があり、その一環として今回は公開されたものらしい。

 公開されている発掘現場に到着。
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 平日の午前と言うのに、結構マニアックな人がいるもんだ・・・

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 この仮設階段を降りれたら、もっとよく見えるのに、足場が邪魔で全景が・・・

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 ※ 小ぶりな自然石を用いた「野面積み」の石垣だ。


 他にもうっすらと金箔の残ったの破片や
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 大坂夏の陣の戦火で溶けてしまった陶器
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 なども間近に見れて、とても貴重な体験ができた。

 2015年の公開施設整備には多額の費用が必要であり、会場では募金も行われて、多くの人々がご厚志を出していた。
 私も少ないながら・・・ 
 でも、もし、本当にもし太閤さんの天守閣を復元してくれるとなったら、私財をなげうってもいいぞ!
 犬小屋程度しか建てられんやろけど・・・
 

 

武田氏三代の館

武田氏館跡

 戦国時代に築かれた甲斐国守護武田氏の本拠地で、武田信玄の父・信虎が1523年にここに館を構えて以来、晴信(信玄)、勝頼の3代、60年余りにわたって府中(守護所が置かれた場所)として機能し武田氏の本拠であり続けたとのことだ。

 甲府城から北に向かって武田通りの坂を登りつめれば、武田神社があるがこの神社の前身が躑躅ケ崎館(武田氏館の別名)だ。
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 ※ 武田神社からみた武田通り

 この案内看板
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を見るまでどこがどれか、ここはどこなのか全くわからなかったが、どうやら昔は東曲輪、その西側に中曲輪、さらに堀をはさんで西側が西曲輪となっていたらしい。

 ゆえにこの拝殿あるあたりが東曲輪
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 薪能が行われるという甲陽武能殿(コウヨウブノウデン)などがあるあたりが中曲輪か?
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 それに比べて、西曲輪はこので区切られているので判りよい!
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 ※土橋からみた空掘り(北側)

 西曲輪は信玄の長男義信と今川義信の娘との結婚にあわせて、新造された義信の館跡らしいが、雪が積もっており、何がなにかよくわからず、
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 分かったのは、西曲輪北側にある枡形虎口南門跡
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同北門跡
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 ※ 北門跡と土橋

 それと南側の虎口だけであった。
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 ※ ここから先は工事中でいけなかった。


 なんかイマイチ実態がつかめず、工事関係者のガードマン(若いおねーちゃん)も融通が利かず中に入れてくれない(工事中っていっても工事してへんやん!)し、ストレスの溜まる城めぐりだった。

雑賀衆を訪ねる

 今日、風が少し冷たかったがよい天気になったので、以前から行きたかった「雑賀衆ゆかりの地」巡りに向かった。

 戦国時代に鉄砲を用いて織田信長秀吉ら時の権力者と戦ったことで有名な雑賀衆
 彼らは私が住んでいるところからほど近い和歌山を拠点として活躍していたらしい・・・

 先ず訪れたのは和歌の浦近くにある雑賀城址
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 ※ この山の上、灯台のようなもののあたりに城があったらしい。

 山の上に妙見堂があり
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 ここから北側に続く山上にあったらしいが、道の左側に続く壁跡も城の名残りか?
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 続いて秋葉山公園の中にあると書いてあった弥勒寺山城跡に向かったが、
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 真ん中の張り紙に書かれているように、公園が工事中で中には入れなかった。
 ただ、隣にあるのは、雑賀衆を頼みとした顕如上人の碑であった。
 雑賀衆はこの弥勒寺山(今の秋葉山)に城をおいて、和歌川を境界に信長軍と激しい攻防を繰り広げたらしい。

 続いて向かったのは、国道42号線をはさんで向かい側に位置する矢の宮神社だ。
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 ※ 天正5(1577)年に信長軍を一時撤退させた雑賀衆はこの境内で喜び踊ったと伝えられている。

 続いて、和歌山城の近くまで移動して向かったのが専光寺
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 こちらには伝説によると、信長との「鷺森の合戦」の際に雑賀衆の有力者である雑賀孫一(鈴木孫一)が血のついた槍先を洗ったと言われる手水鉢があるらしい。
 これか
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 ※ どこもそうやけど、説明が全くない・・・

 続いてここから目と鼻の先にある本願寺鷺森別院に行った。
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 ※ 敷地内に幼稚園があり、バスがイッパイ停まってた。

 大坂(石山)本願寺を信長に追われた顕如上人が一時的にこの場所へ本願寺を移転し、その後三年間本願寺の総本山だったらしい。
 また、この辺で有名な雑賀鉢(独特な兜)が作られとったらしいよ。

 また少し移動(紀の川を越えて)し蓮乗寺に向かった。
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 雑賀孫一はこの地「平井」を基盤にし、蓮乗寺は孫一の道場と言われている。
 ちなみに表札には「鈴木」の名がかかっていた。

 最後に訪れたのは中野城址だ。
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 この地は、信長の大軍を迎え討つ雑賀衆の前線基地となっていたらしく、天正5年にこの付近で鉄砲戦が繰り広げられたとのことだ。


 家から20キロほどしか離れていない場所でこんな激動の歴史があったなんて感動~だが、地図を片手に私は老眼という強敵と悪戦苦闘した一日でした。
 

執行猶予2年・・・みたいな感じ

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 もうすぐれてしまうやんか!

 慌てて財布を覗いたが、先日の浪費(←言えない・・・)のため、とてもディーラーさんに出す余裕がない。

 仕方なしに、初めての経験だがユーザー車検に行ってきた。

 
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 何とか合格したけど、やっぱり安心して乗りたいので近いうちに点検に出したいと思う・・・

富士山のある景色

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 長々とダイヤモンド富士のことを書き綴ってきたが、今回はその他のお気に入り風景を紹介したい。

 先ずは忍野八海
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 山中湖の近くにある村で富士山が非常にきく見えるからグッドだ。

 それと同じく山中湖の近くにある温泉で「紅富士の湯」というところがあるが、その露天風呂から見える富士が大好きだ。
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 もう少しひいて写真を撮る方が綺麗だが、写ってはならんモノが沢山入ってしまうので×だ・・・

 本当はグルメの情報とかもっとイッパイ書き込みたかったけど、もうこの辺でヤンペにします。
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Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
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