桜井戸

桜井戸

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山口県岩国市にある名水
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 古くから地区の飲料水、灌漑用水として重要な役割を果たし、瀬戸内海を往来する船舶の飲料水に用いられてきた水。
 文献によると、初代岩国藩主吉川如兼(広家)が当地に隠居した際、この桜井戸の水と京都御所の「柳の水」とを比らべて「遜色ない水や!」と言ったと伝えられている。

 井戸から直接水を汲むことはできない(アクリル板で蓋がされている)。
 水汲み場は横に造られていた。
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山頂にそびえる白亜の天守(岩国城)

岩国城

 関ヶ原の戦後、吉川広家は出雲の国富田城より岩国3万石(のち6万石)に転封されるが、当地、横山の山頂に要害を、山麓に居館を築いた。(完成して僅か7年で徳川幕府の「一国一城令」により、山上の要害は廃城となっているが・・・)

それがこの岩国城だ。
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 ※ 早朝の錦帯橋岩国城  わたしはこの景色が好き。

現在の天守閣は、昭和37年に錦帯橋付近からの景観を考え、旧天守台から南へ50m移設し再建されたものだ。


吉香公園(きっこうこうえん)
 藩主の居館があり、吉川藩の武家屋敷が軒を連ねていたところで、現在は公園となっているところ。
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 ※ ロープウエーから見える吉香公園

 一角に佐々木小次郎の像がある。
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 ※山頂に見える建造物、右がお城で、左がロープウェイ山頂駅だ。

 リフトを降りると道が2つに分かれているが、どちらを通っても天守閣に行ける。
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 ※ 山道(右)と広い道(左) 当然、右を選ぶ・・・

 すると、築城当時(1608年)の石垣が見えてくる。
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 ※ 二の丸跡の石垣

 この後、すぐに大手門に至り、
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 二ノ丸跡に入る。
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 ※ 二ノ丸からの天守閣

 天守閣
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 ※ 3層4階の上に物見を置く、桃山風南蛮造りの山城だ。

天守閣の内部は、所狭しとが展示されていた。
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天守から見た錦帯橋
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 ※ 眼下を流れる錦川が天然のお堀のようだ。

空堀跡
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 ※ この城は山頂にある山城には珍しく、広大な空堀(幅約19.6m、深さ約10mの箱堀構造)があったらしい。

天守台跡
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 ※ 古式穴太積み技術が、また、当時の石垣がそのまま使われている。
 天守台跡を左に見て、今度は広い道を降りて行くと、右手に大きな井戸が見えてくる。

大釣井(おおつるい)
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 ※ この大井戸は、築城時に造られたもので、非常時の武器弾薬等の収納だけでなく、脱出口を備えた井戸であったとの言い伝えがある。

 さらに坂を下ると、すぐにリフト山頂駅に戻ってきた。
 降りた時は気付かなかったが、乗り口の方は広場になっている。
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 最後に感じたのは、ヤッパ岩国城は錦帯橋とセットの方が絵になるということだ!
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寂地川

寂地川

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 山口県岩国市錦町宇佐にある名水
 山口、島根、広島の3県にまたがる、寂地山中腹に発する谷川で、錦川の支流宇佐川の最上流で西中国山地国定公園内にある。
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 昔、このあたりいったいの里人を苦しめる「大蛇」を「寂仙坊」と名乗る旅の僧が退散の祈祷を続け、見事に退治したことから、「寂地」の名前がついたといわれている伝説がある。

 豊富な湧水は古くから地元住民の飲料源や特産物であるわさび栽培にも利用されている。
 また、寂地川にある「五竜の滝」は日本の滝百選にも選定されている。
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 ※ 後で判ったことだけど、「五竜」って5つ竜に関連する滝があるらしく、この滝は正式には「竜尾の滝」らしい。

 僧侶の沐浴場だった聖なる川は、「若水汲み」と呼ばれる風習が今も残っており、元日の朝、男達が川に水を汲みに行き、若水を使った雑煮で新年を祝うそうです。

水汲み場
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山中に連なる石垣の要塞(津和野城跡)

津和野城跡

 別名 三本松城
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 ※ 三十間台からの眺め

 鎌倉時代末期に吉見頼行が地頭として着任し、1295年より三本松城の築城を開始し1324年に完成した。(以後、関ヶ原まで吉見氏が居城とした。)のが始まり。
※ この時は小規模な曲輪が連なる山城

 その後、関ヶ原の戦いでの軍功を認められ、津和野城に入ったのが坂崎直盛で、彼は大坂夏の陣で千姫救出の功績をあげたことでも知られているが、これを理由に千姫を「にちょーだい!」とおねだりしたものの認められず、それどころか、千姫が本多忠刻に嫁ぐ際にその強奪を企てた、ということで自害させられお家断絶となっている。(のちに亀井氏が入封し明治に至る。)
※ 有名な千姫事件だ。この時代は映画の「卒業」見たいに「エレ~ン!」で連れ去ることはできなかったのだ。
 まあ、何であれ、坂崎氏により三重天守や石垣が整えられ近世城郭へと大改修されている。
 ・・・と調べたウンチクはこれくらいにして写真で紹介したい。(最近、老眼が進んできて調べるのもシンドイのだ。)

 このリフトで上まで行って・・・
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 一本道を行くとまず出丸織部丸)がある。
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 ※ 出丸から見た津和野の街なみ

 ここは本丸とは別の山頂部分なので、本丸へはいったん下って再び坂を上らねばならない。
 (少し行くと、この先5分の看板が見えてくる)

 坂を上って行くと、何段も積み重ねられた石垣が見えてくる。

東門櫓跡
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 ※ ここから本丸に行くのだけれど、仮設のスロープや崩れ防止のネットが架けられていて、虎口なんかの元の様子がわかりにくい。

 門の左手には腰曲輪二の丸跡が見え、石垣が2段構造になっていている。
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 東門の右手は石垣が3段になっている三段櫓跡
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 その奥に三段櫓最上部に繋がる台所馬立場の曲輪が右手にある。
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 その背面(東門を入って左手)が天守台で、
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 ※ 天守台の奥に高い三十間台が見える。(私はこれまで天守台が一番高い所にあると思っていた。)

 天守台の北西側には二の丸への降り口があるが、二の丸そのものが傾斜があるので、通過し至る太鼓丸は天守台より高い位置になっている。
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 ※ 三十間台から見た太鼓丸

 ちょっと休憩! みなさん位置関係が判ります? 一生懸命考えて文にしてるけど・・・
 そこで、この図を参考にしてください。
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 反対に西櫓門から進むと天守台を左に見て、
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三の丸に通じている。
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 ※三十間台から人質郭越しに見える三の丸跡(奥に見えるのは南門櫓跡)
  ちなみに人質郭には石垣を伝ってしか行くことができない(行ってはいけない)。

二の丸から太鼓丸へ入って、三十間台へ入る虎口があるが、180度急転回といった感じだ。
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 ※ 右側が二の丸に、左側が三十間台への階段に至る道

 最後に至る三十間台がこの城山の頂上部!
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 ここからの見晴らしは最高だ。
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 ※ 1日でも早い、SL山口号の復活を願う・・・
 
 最後に、私的にこの城一番見どころは、やっぱり名城スタンプと同じ三の丸から見た人質郭と三十間台の高石垣と思うことを申し添える。
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2匹のクマモン

 最近、がめっきりえ込むようになってきた。
 子供らのパジャマを買ってやろうと「しまむら」に行った。
 安い
 「欲しいもんなんぼでもカゴに入れたらええゾ!」と確かに言ってしまった。

上の子はこんな時、いつも遠慮がちだ。
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 でも、結果的に怒っている・・・(欲しいだけ買えって言ってるのに・・・)

対して下の子遠慮が無い
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 着ている服も買ったものだ・・・

 ただ、クマモンの着ぐるみ見たいな寝巻は合うサイズが無い(小さい)にも関わらず買おうとするもんだから、注意したら「なんぼでも・・・」って言ったやん!と返された。

 そんなこんなで家に帰って、
 
 早速、着替えて喜ぶクマモン9歳 
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 と・・・
 コヤツを襲い、身ぐるみはいで喜ぶクマモン48歳
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 こうして2匹のクマモン誕生した。

山口・広島の旅 追録

3日目

 っていうか、2日目の終わりに決心してからの続きですが、深夜に山道を走行し耐寒性能着心地についてテストしようと考えた。
 行先については、岩国城で雲海にカンドーしたので、安直な私は竹田城跡に行くことにした。

 耐寒性能は距離にして約350キロ(今日の前半移動距離と合わせて550キロ、初めて1日で下道をこんなけも走った)深夜に走ってどんなもんか?また、着心地については宿泊予約もしていないので、ついでに野宿をしてやろうと考えた。
※ あとあと何でこんなことしたんやろと思ったが、私はそういうことをよくする・・・

 具体的には夕食を18時30分に済ませて出発、183号線から482号線に乗り継ぎ蒜山高原を通って9号線に入り、翌2時に到着した「道の駅 但馬楽座」のベンチで6時まで寝たのだが・・・
 走行中、インナーとしてフリース1枚を余分に着るだけで、寒さはまったく感じなかった。
 寝ている間も上半身はまったく寒くなく、快適であったが、パンツの上に安もんのレインウエアーを履いて寝たので、汗をかいているのだろうが、たまった湿気が冷えて寒かった。
 透湿性の大切さが身にしみた・・・・

 結果として、快適をお金で買える時代が来たのだと身をもって感じた次第である。
  ※ 是非、パンツもゴアテックスのものが欲しいものだ!

 てな訳で竹田城についてですが、到着したものの残念ながら雲海は発生していなかった。
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 ※ 竹田駅越しの竹田城跡 雲海が発生していたら見えることはない。

 それに加えて、下からでも観光客がいっぱいいることがはっきり見えた。
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 ※ 今日は平日の月曜日やで! 土日やったらどんなの人が来るんやろ!


 ・・・ってなことで、あえて城跡を見に行くことはやめて、竹田駅周辺寺町通りを散策することにした。

 竹田城跡の麓に殿町があり、そこを通る約600mの道に4件のお寺が立ち並ぶ寺町通り
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 お寺の前にはがあり、津和野のようにコイが泳いでいたが・・・
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 津和野のようなカラフルなものでは無かった(少し残念だ、がんばれ観光協会!)

 立ち並ぶお寺には、竹田城初代城主

太田垣 光景公お墓
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 ※ 常光寺 

 最後の城主である

赤松 広秀公お墓があった。
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 ※ 法樹寺 

 この後、自宅に帰ったが、ついでの勢いで下道でゆっくりと帰りました。
 
 Fin



 ※ 本日の走行距離:130キロ トータル1,310キロの旅でした。

山口・広島の旅 Vol.2

2日目

 10月21日 朝は4時30分に目が覚めた。
 私はとびっきり朝が強いと自分でも思う。
 目覚まし時計とはまったく無縁だ。(特に旅先では、ゆっくり寝てなんていられない・・・)

 6時過ぎの日の出前錦帯橋に行った。
 朝焼けに染まる岩国城錦帯橋越しに撮りたかったから・・・
 到着した時は、雲が山頂にかかり、お城がいまいち綺麗に見えなかったが、
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 眺めていると、山頂ののようにれて、不思議な景色に暫く見入ってしまった。
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 ※ 雲の流れが写真では説明できないのが残念だ・・・
 待ちに待った結果、ちょっとの間、雲からお城が顔を出し赤くまった状態となったので、あわてて写真を撮ったが、ちょっと不満。
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 7時頃まで待機したが、あまり良い写真が撮れなかった。
 お城は9時になるまで入れないので、一旦ホテルに戻って食事と思ったが、その前に岩国市にある名水を訪れた。

桜井戸
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 ※ 錦帯橋から15分ほどの移動で到着した。
 
 その後、ホテルで朝食(バイキングで腹一杯)を済ませ、チェックアウトし再び錦帯橋岩国城へ向かった。
 ロープウエーで山頂に登ってお城に至るのだけど、
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 待ち時間があったので、ちょっとブラブラしていたら、佐々木小次郎の像を発見した。
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 ※岩国の出身らしい。

 岩国城の天守閣から見た景色
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 眼下の錦川、錦帯橋、瀬戸内海の島々の展望が素晴らしく、錦帯橋の手前には、藩主吉川氏の居館跡を公園化した吉香公園が広がっている。

 岩国城を堪能した後は、バイクを走らせ広島に移動するつもりだったが、その前に未練がましくもう2枚、錦帯橋から岩国城を撮っておいた.
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 そして、広島に向かい辿り着いたのは

広島城跡
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 ※ 毛利輝元の居城
 天守閣からは原爆ドームが見えた。
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 その後、広島城から東に20分ほど移動し、到着したのは名水100選の

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 住宅街にひっそりと佇むみ、案内看板もないため迷ったが、近くで工事している人に尋ねたら「これや!」と指さされたのがココ!
 辺りに工事道具も置かれて、「ほんまに名水なんか?」と言った感じ・・・・
 湧き出しているような気配もなく、ただ水がまっているだけだ。

 これは「次の名水に期待するぞっ」と言うことで、約1時間 北上し目指したのは、

太田川中流域
 
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 これまで「中流域」と名のつくものにロクなものがなかったが・・・
 こちらも例にもれず、ただの川だ・・・ コーヒーフィルターでこして何とか飲んだけど。
 残念ながら、広島の名水100選には美味しいものが無いようだ。(さすがに「おしい広島!」だ ←広島の隠れたキャッチコピーらしい?)
 ※ 呉の方には、100名水には選ばれていないが美味しい湧水があるって聞いたことがあるけど・・・

 本日最後の目的地は、名城100選の

郡山城跡
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 郡山城と言えば何といっても 
  毛利家の発展の礎として有名な巨大山城
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 ※ 毛利 元就像(サンフレッチェ 「3本の矢」の生みの親だ)

 午後4時頃到着したが、西陽と戦いながら写真を撮影し、暗くなるまでに全てを回ろうと、山を駆けずり回った。
 元就公も足軽に雇ってくれるん違うかと言うくらい必死に走ったため、汗だくになってしまった。(ほんまに自分を褒めたいぐらいよく走った。)


 これで予定していた行程は(いつもながら駆け足であるが・・)全て回った筈
  ※行程表を失ったため、確信は持てないが・・・
 ただ、あと1日休みがあるのでどうしようか?休憩しながら考えた。

 そうだ!モンベル パーカーの使用感を試すことを兼ねて、もう1日旅を続けよう!と決心した。
 ということで、またまたTo be continue・・・・


追伸
 今日は、Tシャツ1枚でも十分な、真夏日のような暑さであったが、モンベルパーカーは蒸れることもなく、快適に着ていることができた。(流石に山を駆け回った時は、脱いだけどネ・・・)

山口・広島の旅 Vol.1

 結局 雨の中バイクで行くことに決め、仕事明けの20日の朝9時にバイクを走らせた。
 途中、燃料補給で停まる以外は走り続けると心に固く決めていた。

 中国自動車道「六日市」を降りて、187号線を北上、続いて柿木村を左折し226号をひたすら走ると、9号線との合流地点で大きな鳥居が見えてくる。
 こいつをくぐれば、目的地の津和野の街に到着だ。
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  ※ 約520キロの道のり・5時間30分で到着した。

 思惑通り、出発時降っていた雨は高速を降りる頃には止んでいた。

 鳥居といえば、津和野太鼓谷稲成神社(稲荷じゃないらしい)の参道にある鳥居が連続する「赤いトンネル」が有名だけど、今日は時間の関係でパス。
 第一の目的地へ一目散だ!

津和野城跡
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 この場所からリフトで移動して山頂の城跡に到着。
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 何故、第一の目的地としたか、また、何故こんなに時間を気にしたか?
 それは城から見下ろした津和野の街
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 走るSL山口号を写真に撮りたかったから・・・
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 この線路を津和野駅15時19分発のSLが走る筈なのに、なんぼ待ってもSLが来ない・・・・・

 後でリフトのおっちゃんに訊いたら、今年、7月28日の水害で線路が一部流されてしまい運行していないらしい。完全復旧には2~3年かかるのではとのことであった。
 でも、こちらだって列車の発車時刻をネットで調べて来たのに・・・
 もっといろんなサイトを見ておいたらよかったと反省

 仕方がないので、城跡をひとしきり見て回った後、津和野の街に降りて少し散策

 殿町のあたりは昔の門構えや海鼠壁の家が並んでいて良い場所だ。
 特に民俗資料館となっている藩校養老館前にある水路には、よく肥えたコイがいっぱい泳いでいて素敵な場所。
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 その後、バイクを大きく西側に走らせ、岩国市錦町にまで向かって
寂地川を訪れた(名水 100選)
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 この川には「五竜の滝」が流れていて、日本の滝100選にも選ばれている。
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 ※もう、あたりも薄暗くシャッタースピードが遅い・・・

 この後、宿泊予定の岩国市にあるホテルに向ったが、途中、明日に訪れる予定の錦帯橋に立ち寄り、バイクを停める場所とかを事前に場見っておこうと考えた。
 19時過ぎに到着した錦帯橋は、ライトアップされていた。
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※夜の10時までライトアップされているらしい。

 その後、遅めの夕食を済ませ、ホテルで爆睡

 To be continue・・・


 本日の走行距離:630キロ

 追伸
 モンベルのパーカーは、3時間を超える雨天での激走にも水・風の侵入等は無く快適でした。
 中にはロンティー1枚で十分でした。
 ただ、胸ポケットに前日一生懸命考えた行程表を入れておいたのに、チャックを閉め忘れ、ボロボロの状態で発見されたことを敢えてご報告させていただきます。(でも、水の侵入は無かったよ)
 

追加で購入

 休みは10月20・21・23日となった。
 津和野岩国方面に行こうかな~と思っている。
 宿も昨日押さえたが、天気(20日)がどうやらっぽい・・・
 車で行こうか・・・正直今でもっているが、コイツを買うことでバイクでの強行ツーリングはずみをつけるぞ!
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 モンベル ダイナアクションパーカー

 結構、いい値段だったが、コイツ着ることで「ニモ負ケズ、ニモ負ケズ」の状態になれる筈だ!
 真冬もコイツにユニクロのなんたらダウンを着て乗り切るつもりだ。
 収納もコンパクトで、とても使い勝手がよい逸品
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 また、ツーリング後に使用感をリポートします。  

ホンマに乗りたかったんか?

 バイクに乗せてほしい!
 あまりバイクに興味が無かった下の子が急に言うもんだから、喜んで「オウ!乗せたるわ」と返事した。
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 ・・・で、どこに行きたいんや?と訊くと

 近所のプールだそうだ・・・
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 移動時間5分に対して
 プールで約2時間・・・

 どう考えてもバイクより、びたかったと思えて仕方ないが、結構自分も楽しんでいた。
 

 

ポイントで計画中・・・

なんでか分からないが、暫く管理画面にログインできないでいたので、久しぶりの更新となった。

 何時も使っているカードのポイントで今月末に3000ポイントが有効期限を迎えるそうだ(ほとんどが「じゃらん」のポイントって言ったら何カードかわかる?)・・・
 そう言えばETCカードのポイントも、自動還元で8000円分戻ってきたとかの通知が来とったなぁ〜
 これはもう、天の声が『旅に出よ!』 って言ってるみたいなもんでしょ‼︎
・・・・ってな訳で、他にもポイントが貯まってないか確認したら、2りん館で2000円分のポイントがあったので、これを購入。
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iPhoneホルダー

iPhoneにナビアプリを入れて使っているが、タンクバックに入れて使うと、過熱で使用出来なくなる事がしばしば・・・・・
これを解消するためハンドルに裸で付けてやろうとこいつを購入しました。

家に帰って取り付けてみると、またここで問題発生
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おかしいな〜 インチバーでもミリバーでもどちらでもオッケーって書かれてたのに・・・・
このハンドルは何なの?って言っても仕方ないからホームセンターで同じピッチのネジで程よい長さのモノを買ってきた。
さあ、作業にかかろうと思って、ふと気付けばギャングが嘲笑う様に覗きに来ていたので、コンパチで追っ払ってやった。
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すったもんだで、取り付け完了!
iPhone挟んだらこんな感じ
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本当は、左右にもっと広げて挟まないと安定しませんが・・・
充電用のコードも、綺麗に処理出来て結構満足!

さあ、何処行くか計画を立てよう‼︎

秋の収穫

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 今日は、ぶどう狩りに行って来ました。

 時間無制限食べ放題と言うことで、昼飯代わりにブドウを腹一杯食べてやるぜ!
 と意気込んではみたものの・・・
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 3房食べたら腹より胸がイッパイになってしまった・・・・

 それでも子供らはシャカリキになって次々にブドウを採ってくるもんだから、
 にしてやった!
 
 名付けて「ブドウ大仏
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 私はその場で木漏れ日を感じながら、気持ちよく・・・


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日本最大級の山城 

8月に行ったのに忘れていた・・・


観音寺城跡

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 滋賀県近江八幡市にあった山城
 正確な数はわからないが1000箇所以上の曲輪があり、その多くが石垣で囲まれた日本国内屈指の大規模な山城であったと思われる。
 観音正寺のある繖山全体に石垣の遺構を確認することができ、観音寺城の規模の大きさに圧倒されます。(全てを回ろうと思えば1日では足りない。)
 この城の一番有名な城主は、戦国期の六角定頼で、彼は足利将軍家の管領代となり観音寺城を拠点として近江一帯に一大勢力を築いた。1523年には家臣団を観音寺城に集めるため、日本文献史上初の「城割」すなわち領内の他の城を廃止することを行った。これは一国一城令のもととなる政策である。
 また、経済発展のために楽市令を出し商人を城下に集めた。のちに施行された信長の楽市楽座制度はこれを踏襲したものである。

 観音正寺駐車場で車を停めると、山のほぼ合目まで来ているらしい。(利用料は500円ナリ)
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 10台位なら駐車可能か?

 そこから参道を歩いて、先ず観音正寺まで向かうが、途中に「ありがたいお言葉」が100並べられている。
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 私が気に行ったひとつ・・・

観音正寺DSC_3845_convert_20131004101121.jpg
 西国32番札所。人魚の哀願により聖徳太子が建立したと伝えられています。インドの白檀を使用した高さ6メートルの千手千眼観世音菩薩座像が安置されています。

 さらに山頂に向かって進んでいくと、いたるところに石垣が見え始める。
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山頂からの眺望
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 晴れてたらどこまで見えたんやろ・・・

 観音寺城には、支城が数多くあった言われており、
佐々木城もその一つだ。
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 石垣もあるはずだが、見つけることが出来んかった・・・

 さらに、行くと
大手石階段が見え始め、
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 これをあがり切ると、
本丸跡に到着だ!
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 本丸跡には
食い違い虎口跡などの遺構が数多く見ることができます。
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 でも、全て見れなかった・・・不完全燃焼だ。もう一度シッカリ探検してみたいと感じました。

勝頼の猛攻を凌いだ断崖上の城と英雄の存在

長篠城跡(ながしのじょう)

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 愛知県新城市長篠篠(三河設楽郡長)にあった平城
 現在は国の史跡に指定され、城跡として整備されている。
 天正3年(1575年)の長篠の戦いに先立つ長篠城をめぐる激しい攻防戦で知られる。

本丸跡
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 前日のイベントの片付けで人・物がいっぱい。

帯郭跡
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土塁
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 二の丸手前のもの

内堀跡
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 この城は見るところが少なく、敷地内を線路(飯田線)で分断されてしまっている。

豊川越しの長篠城跡(鉄橋から撮影)
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 もう少しに行けば、スタンプの絵柄と同じ豊川宇連川の合流点からの写真が撮れたのだが、ミスってしまった・・・
 また、今度撮り直しに行きます(富士山のついでぐらいかな?)

 代りにこの場で磔にされた一人のヒーローを発見した。

鳥居強右衛門(とりいすねえもん)
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鳥居強右衛門伝説(長文)

 天正三年(1575)武田勝頼は三河長篠城を包囲した。
 その際、長篠城を守っていた足軽(であろうとの説が強い)であるが、城主の奥平信昌は城の危機と城内の状況を主・徳川家康に伝えるための伝令を放った。
 しかし、1万5千を超える武田軍に方に包囲された城からの脱出は困難を極める任務だ。(まるでミッションインポシブル・・・)
 その決死の任務を自ら買って出たのが強右衛門だった。
 見事脱出に成功し長篠城からも見渡せる雁峰山から烽火を上げ、脱出の成功を仲間に連絡するとともに、家康に伝令し、さらには家康から援軍要請を受けた信長が幸運にも岡崎城に到着していた(ナイスタイミング)ため、双方の快諾を得ることができた。
 家康はまだこの時にはケツの青い武将だが、飛ぶ鳥を落とす勢いの信長の助けとあれば、仲間も喜ぶに違いないと、この朗報を一刻も早く伝えるため長篠城へ向かって引き返し、往路と同じ雁峰山から烽火を上げ仲間に援軍ありを知らせるが、更に詳細に知らせようと入城を試み、ついには武田軍に捕らえられてしまう。
 強右衛門への取り調べで織田・徳川の援軍が長篠に向かう予定であることを知った勝頼は、援軍が到着してしまう前に長篠城を落とす必要に迫られ、命令に従えば命を助けるばかりか褒美まで与えることを条件に、「援軍は来ない。あきらめて早く城を明け渡せ」と城に向かって叫ぶよう、強右衛門に命令した。
 強右衛門は勝頼の命令を表面上で承諾し、長篠城の西岸の見通しのきく場所へ引き立てられた。しかし、最初から死を覚悟していた強右衛門は、城内に向かって「あと二、三日のうちに織田・徳川の援軍が来る。それまで辛抱だ頑張れ!」と大声で叫んだ。これを聞いた勝頼は激怒し、その場で強右衛門を磔にして殺した。
 しかし、強右衛門の命を賭した忠義と壮烈な死に様を見届けた長篠城の城兵たちは、強右衛門の死を無駄にしてはならないと大いに士気を奮い立たせ、援軍が到着するまでの二日間、武田軍の攻撃から城を守り通す事に成功した。
 強右衛門の魂は、味方だけでなく敵軍の心も動かした。
 武田方の将、落合佐平次が、強右衛門の勇気に感銘を受けて、その姿を自分の旗指物(はたさしもの)にしたいといい、描き写しました。それが、現在も残る強右衛門の磔姿の絵です。(とてもインパクトのある画だ!)

この場でにあったことを示す
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 強右衛門の活躍で、戦いの場所は長篠城から設楽原に移ったのだ・・・
 考えたら、予定では設楽原の信長・家康軍陣地跡で馬防柵を見たかったのに、忘れてしまっている・・・
 ボロボロや・・・ 絶対また行くからな~
  
 

女城主の悲劇が伝えられる日本三大山城

岩村城跡

 岐阜県恵那市にあった山城
 標高717mの日本一高い場所に建てられたお城で、高取城、備中松山城とともに日本三大山城と言われている。
 付近は霧が多く発生するため、別名・霧ヶ城(かすみがじょう)とも呼ばれる。

本丸跡
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 天守は無かったらしい。

長局埋門跡
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 石垣の上に多門櫓がのっかった櫓門だった。

埋門(うずみもん)
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東口門跡
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 本丸の正門だ。

6段壁
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 この城で一番有名な場所である本丸北東面の石垣、もともと高石垣であったが崩れ防止で次第に雛壇状になり、最終6段となったらしい。(冬場で雑草が無ければもっと映えて見えただろうに・・・)
 麓の丸い石は、鳥取城の天球丸を思い出させる・・・

霧ケ井
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 この城が別名「霧ヶ城」と呼ばれる所以の井戸。
 この井戸に秘蔵の蛇骨をいれると、たちまち霧が立ち込めお城を覆い隠したと言われる・・・


大手櫓門跡DSC_4631_convert_20131003101609.jpg
 城の正門で最大規模であったらしい。

畳橋跡
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 この空堀上に床板を畳のように捲ることができた橋が架っていたらしい。

太鼓櫓と表御門
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 山麓の藩主邸跡に復元されたもの。


補足
世にも珍しい女城主の悲運
 戦国時代には、織田信長と武田信玄との間で、岩村城をめぐるせめぎあいが繰り返された。
 岩村城には、城主、遠山景任(とおやま・かげとう)に嫁いだ信長の叔母、おつやの方が、景任亡き後、幼少の城主 御坊丸(信長の5男、信吉を養子に迎え家督を継がせていた)を擁し、事実上の女城主として采配をふるっていたが、武田氏の家臣、秋山信友(のぶとも)が城を攻め落とした際、な、なんと信友の妻となり、御坊丸を武田氏の養子としてしまう。
 このことが信長の逆鱗にふれ、長篠の合戦で武田軍に陰りが見えてくると、息子の信忠(のぶただ)に岩村城の奪還を命じ、武田の援軍もなく孤立無援となった信友は数ヶ月間も籠城で耐え続けたがついに落城となり、最後は信長の命令で信友だけでなく、実の叔母、おつやの方も逆磔されたとのことだ。
 おつやの方が秋山信友に寝返ったばかりでなく、息子を人質に差し出した事の恨みによるものだと思いますが、逆さのハリツケ・・・何とも気の毒な話です。

静かな林に心地よく響く獅子脅しの音色

猿庫の泉(さるくらのいずみ)

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 長野県飯田市北西の風越山山麓 円悟沢の湧水です。古くから、茶の湯に適することで知られています。
 江戸時代に茶道家の不蔵庵龍渓宗匠がお茶に適した水を求めて諸国を巡っていたところ、天竜川下流の水の美味さに心をひかれて源はどこかと川を遡ったところ、風越山麓松川渓谷にこの泉を探し当てたと伝えられています。
 麓にあるトイレの周辺に駐車場があり10台程度は停めれそう。
 林道を上がっていくと、「カコーンカコーン」と獅子脅しの音色が響く、
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 そこから暫し歩けば水汲み場が見えてくる。
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水汲み場
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 お茶に適した名水と言うことで、この場所で5月から10月までの毎週日曜日と祝日に「猿倉の泉保存会」さんのご尽力で野点(のだて)呈茶が開催されています。
 私はお茶でなく、コーヒーをたてたけど美味しかったで~

鵜も大忙し 長良川(中流域)

長良川(中流域)

 岐阜県郡上市 大日ヶ岳を源流とし伊勢湾に注ぐこの一級河川の中流域は、都会でありながら川の美しさを維持し、高い環境基準を達成している。

金華山麓を流れる長良川
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 山頂にあるのは、岐阜城天守閣


 自然環境に恵まれ、春はサツキマス、夏は鮎、秋はモミジガニの姿が見られます。そして何といっても「鵜飼」が有名です。

鵜飼船の漁火掛け金華山
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 長良川の鵜飼は5月中旬から10月中旬まで行われています。
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 この水も一応、んどいた。
プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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