「岐阜」の名発祥の地 岐阜城

岐阜城

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 かつては稲葉山城(井ノ口城)と呼ばれ、天文8年(1539年)に「」の斉藤道三が入城、永禄10年(1576年)に織田信長が城を攻め落とし、岐阜城と名付けたもの。

 典型的な山城で、金華山(稲葉山)山頂にそびえる天守閣は見事だ。
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 長良川越しに見た金華山・山頂に天守が見えるかな~

 この金華山の麓には、信長の居館があったとされ岐阜公園の一部に復元されている。

信長居館跡の巨石組
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 その居館跡は現在も発掘中である。
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 上をロープウエーが走っている・・・

 また、この地はあの板垣退助が演説後に胸を刺された地であったらしく(そう言えば日本史で習った)
板垣退助遭難の地として銅像がたっていた。
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 板垣死すとも自由は死せず・・・じゃ

 山頂にあがるには、写真の通りロープウエーがあるのだが、もって生まれたM的性格から、登山コースを選ぶ。
 しかも、健脚コースだ!
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 百曲がり登山道

 百曲がり口は、稲葉山城の戦で木下藤吉郎が攻め上がった道だ。歴史を踏みしめながら歩くぞ~っと!
 少し歩いて、チョッピリ後悔・・・
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 ホンマにこれが道か・・・・?

 家族全員息絶え絶えになり、歩くこと50分で人の姿が見え始めた。
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 ロープウエイの降り場であった。

 そこから少し上がると、
天下第一の門
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 これは「天下布武」の朱印を用い、天下取りへの意志を明確にしたのがこの地で、井ノ口から岐阜へと呼名を変更したことから、岐阜市が信長の大志を讃えて建てた冠木(かぶき)門で歴史は浅いらしい。

 もう少し上がったところで、
上格子(あげこうし)門跡があり
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 こちらの方が、歴史的に名の通った門らしい。(ここに休憩所を造った人間の神経が判らない・・・)

 さらに坂を上ると
千成瓢箪発祥の地 と言うところがあり
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 ここで木下藤吉郎が稲葉山城攻略の足掛かりとなる手柄をあげ、瓢箪を結びつけた鎗を振り回して勝鬨をあげたゆかりのある地らしい。

 そこから更に少し歩くと、右手に少し道が広がっており、一番最初の写真のように天守が綺麗にみえる。
 そこを過ぎると木が生い茂っているため、天守全体を写せる写真がこのようになってしまう・・・
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 近すぎだ・・・

 山頂にある天守からの眺めは、これまた格別で
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 長良川や天気が良ければ伊勢湾も見渡せるらしい・・・

 帰りはロープウエーで降りたが、信長の居館跡が上から覗けて少しテンションアップした私でした。
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 満員のロープウエーで写真撮りまくり・・・
 チョット反省・・・





運動会

 今日は子供らの運動会

 下の子とは二人三脚でひとっ走り
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 実は昨日、秘密特訓したのだ!
 その成果もあって、上手くれました(子供も納得!)

 上の子は5・6年合同で組み体操
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 可哀想に、殆んど他の子のかげになってしまって、よい写真が無いよ・・・・
 ゴメンナ。来年6年生の最後の年には、最高の写真撮ったるからな!

国宝天守の麓を流れる名水

木曽川(中流域)

 長野・岐阜・愛知・三重の4県を経て伊勢湾に注ぐ木曽川水系の最終渓谷で、古くは数多くの支流が流れていたが、天正14年の「天正の洪水」でまとまり現在の流路となったもの。
 この川は古くから洪水に悩まされたため、豊臣徳川時代に堤防が、特に徳川時代には50㎞にわたる堤防が整備され、自国側(左岸)の尾張藩を守るため、対岸の美濃側に造る堤防には高さ制限(左岸より3尺低くする)を設けたそうだ。


犬山城から望む木曽川

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 犬山橋

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 ライン大橋

犬山城をバックに
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 写真にが写っているが、この木曽川でも鵜飼が見られ、長良川と違って、5月~10月までの間、昼間に鵜が水に潜って魚を捕る瞬間が間近に見られる、日本で唯一の「昼うかい」を行っているそうだ。


 この・・・だいぶったけど、目的達成のため、とりあえず口に含んでんでおいた・・・

廃藩置県後も個人所有であった唯一の城

犬山城
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 愛知県 犬山市にあるお城。
 別名は白帝城
 現在は天守のみが現存しており、「現存天守12城」のひとつ。
 また、天守国宝指定されている4城のうちのひとつである(他は姫路城、松本城、彦根城)。

木曽川の河原から見た天守
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 断崖に建つ天守は風格がある。

天守の付属櫓
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 野面積の石垣がイイ

本丸七曲門跡
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木曽川越しの天守
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 奥に見える観覧車はモンキーパークのもの

 観光客でいっぱい(長蛇の列)のため天守に入るのをあきらめたが、過去に桜の時期だったか天守閣回廊から見た絶景は今も憶えている。

勘違い

 今日、ランニングしているとミョーなものを発見した。
 何時も走るコースに河原があり、一般人が勝手に草を刈ってプチゴルフコースと化している場所があるが、私は膝に自信が無いので極力アスファルトを避け、このような場所を走っている。
 そこで見つけたのがコレ
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 またゴルフボール忘れとんで!
 最初はそう思ったが近付いてみると、どうやらう様だ!
 キノコやんけ!
 変わったキノコやな~ 食べれんのかな~
 いろいろ考えさせられたが、とりあえず写真に撮っておいたのがこの一枚。

 私は体力維持を兼ねて趣味で一月300キロ走破を目途に走っているが、いろいろな発見があるのでこれが結構しい!!


 

3連休の家族旅行

 9月の3連休は2回あるが、不定休の私はなかなか家族と休みが合わない・・・
 9月21日から23日の巷で言う今回の3連休も、私は22日から24日の3連休で家族揃うのは2連休の1日減だ。
 それでも今回は、家族全員がそろって休めたので、久しぶりの家族(全員)旅行を急遽決定した!
 当然、行先は私の趣味に合わせて、今回は愛知、岐阜方面の名城・名水めぐりではあるが・・・

 21日、仕事明けの朝一番で愛知県犬山市に車をぶっ飛ばした。
 いつもながら、あれも見たい・これも見たいで超過密なスケジュール!

 初めに訪れたのは、愛知県犬山市。
犬山市と言えば、何と言っても国宝天守で有名な
犬山城だ!
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 この地域はお得感がある。
 それは何故かと言えば、お城の麓を流れる木曽川が名水100選に選ばれているからだ。

木曽川中流域(犬山城をバックに)
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 一粒で二度オイシイみたいな・・・

 続いて西方向に車を少し走らせ、向かったのが岐阜県金華山山頂にある

岐阜城だ!

 山頂までロープウェイもあるが、混雑で何と1時間待ち
 どーせなら一歩一歩、「歩いて歴史を踏みしめよう」との私の提案に、うんざりしながらも賛同し1時間超険しい山道(健脚コースを選んだので、のようなところもポツポツ・・・)を歩いた。
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 見よ!これが疲れ果てた家族の写真だ!

 帰り道はさすがにロープウェイでと言ったら、テンションの子供ら
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 あっという間に麓に到着!

 こちらも2度オイシイ地域で、麓を流れる長良川が名水100選に選ばれている。

長良川中流域(右上角に小さく見えるのが岐阜城天守
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 でも、長良川と言えば何と言っても、
 鵜飼いが有名(写真にも船が写っていますが・・・)で、急遽、予定を変更し、夜まで待って見物することに。
 屋形船に乗って「オツに」観たいと思ったけど、当然、予約がいっぱいで無理・・・
 仕方なしに河原で見物することにしたが、これが結構楽しめた。

 それは19時30分に花火が数発あがって始まった!
 それから写真撮ること300枚
 よく判らないから、シャッタースピードを変えただけ、でも、素人なりに一生懸命写真を撮ったので見てください!
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 綺麗な月が出ていたのでバックに一枚
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どうしたら綺麗に撮れるのか?よくわからない。 
 もし、よければ教えてください(ガイド本読めよ・・・って感じですけど、本読むのが嫌いなもんで・・・)

 23日、前日に車を大きく長野県南西部まで移動しておき訪れたのが

猿庫の泉(さるこのいずみ) 長野県飯田市にある名水
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 私のペースで5時起き・・・みんな寝起きで眠たそう・・・

 でも、昨日の名水と違って、美味しくいただける水とあって子供らは真剣に汲んでいました。
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 続いて向ったのが、岐阜県恵那市にある名城

岩村城だ!
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 有名な六段壁の前で記念撮影

 また、山城でみんなヘトヘトになったが、「出世の鐘」と言うのがあって(なんでも岩村出身の偉人が多いらしい・・・)、子供らは真剣に撞いていた・・・
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 ・・・っていうか撞くようにわれわれ親がもっていき、子供らが気を訊かしたのかどうだか・・・

 最後に訪れたのは、愛知県新城市にある名城

長篠城
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 下の子は、眠気でダウン

 この城は観るところがホントに少ない!
 ただ、「鳥居 強右衛門(スネエモン)」と言う人がいたるところで見られた。
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 こういうのがいたるところに・・・結構、インパクトあり!
 特に股間のあたりが・・・

 調べると、長篠の戦の際に、武田軍に囲まれた城を抜け出し、信長・家康軍に援軍を求め快諾を得たものの帰りに捕らわれ、「援軍は来ないと叫べば褒美をやる」と武田軍に強いられたが、「援軍は来る」と叫んで城内を歓喜させたが武田軍の激怒のもと張り付けにされたツワモノとのこと。
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 張り付けにされ、亡くなった地がここで、私も強右衛門になってみたが、どうかバチがあたりませんように・・・


 本当は、帰り道に岡崎城も寄りたかったのだけど、渋滞やみんなのれを考えたら、これが限界と家に帰ったのでした。
 残りはバイクでまた行こう!




 


15夜お月さん

 昨日は中秋の名月
 しかも、満月
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  反射で写ってる月の方が模様(うさぎさん)がはっきり映るのは何でだろう?

 仕事だったので、休憩時間に窓から撮影したが、技術いし綺麗に撮れるはずがない・・・
 しかし美しい月であった、その美しさをそのまま残せる技術道具が欲しいものだ。
 次に中秋の名月が満月となるのは、開催が決まった東京五輪翌年の2021年9月21日らしい、それまでには・・・

洗車&ひとっ走り

 今日、仕事はおみ。
 
 思い切ってやってやるか!
 R12cを綺麗にするぞ!
 
水洗い
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 月1回位のペース

ワックスがけ
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 3か月に1回位のペース

メッキ部分の手入れ(メッキング)
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 半年に1回位のペース

 「徹底的に行くぞ!」たまにそんな気分になることがあるが、今日がそうだった。
 小さいころ親戚のおっちゃんに、「風呂で体洗うときは金●袋のシワを伸ばして洗う位のつもりで綺麗にせんとあかんぞ!」とよく言われた(汚い話でゴメンナサイ)が、それくらいのつもりで洗車したのだ。
 
 約3時間バイクと向かい合っていた。
 終わると水気を飛ばすのを兼ねて、プチツーに出かけた。

 行先は家から峠をを一つ越えたところにある「広域農免道路
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 信号が無く、アップダウンが連続するとても気持ちいい道路だ!
 行き着くところには農家の直売所があり、
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 ミカンをイッパイ買うつもりであったが、来月まで待ってくれとのこと。
 仕方なくカキ(玉ねぎと)を買って帰った。
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 こんなけ買って500円ナリ!

信長の英才教育を受け、生みだした松坂の繁栄

松阪城

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三重県松阪市殿町にあったお城

築城巧者の蒲生氏郷によって築かれた。

 氏郷信長に才を見抜かれ寵愛を受けるが、信長のもとで培った知識をフルに活かしたお城がこの松阪城ではないだろうか。
 ひとつ例を挙げれば、その石垣安土城同様の形式だが、それを上回る強固なもので美観という点でも優れている。
 石垣のつみ方は「野面積み」を主体に、隅の部分は「切り込みはぎ」「算木積み」という工法が使われている。
 これらの工法は「穴太衆」と呼ばれる近江国の石工集団が、安土城で今までの日本には無かった新しい築城方法を発案した。
 氏郷は自分の出身地でもある穴太衆を中心に地元の農民をかり出し石垣をくみ上げていったと言われている。

助左衛門御門跡石垣
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中御門跡石垣
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裏門跡石垣
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 どれも野面積みと切り込みはぎ、算木積みの見事なコラボだ!

 また、氏郷は築城と同時に城下の街づくりにも力を注いだ、具体的には、旧領の日野商人を招聘し、定期市の開設、楽市楽座の導入、手工業の奨励等により松阪の発展の礎を築いた。これは会津に移ってからも同様で、会津若松の発展には氏郷がなくてはならない存在であったと思われる。
 ちなみに、若松城の別名「鶴ヶ城」は氏郷の幼名「鶴千代」、また、蒲生家の舞鶴の家紋にちなんでと名付けられたものだ。
 チョットが入って語り過ぎちまったゼ・・・

本丸跡
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 本丸は二段になっていた。

天守閣跡
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二の丸跡
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二の丸から見た御城番屋敷(武家屋敷)
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 御城番屋敷には現在も人が住んでいる。

 城内には数多くのがあったようで、出来る限り写真に撮ったつもりであるが全てかどうか判らない(それくらいイッパイあった。)・・・

敵見櫓跡
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 天守台に隣接してあった。

金の間櫓跡 
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 本丸上段は、敵見櫓から金の間櫓まで半周を多聞櫓で結んでいたらしい。

遠見櫓跡
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月見櫓跡
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太鼓櫓跡
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鐘の櫓跡
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藤見櫓跡
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 さらに、城内には有名な国学者本居宣長の旧宅(鈴屋)がある。
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 旧松坂の街並みにあったが、こちらに移され公開しているもの。

 鈴屋(すずのや)とは自宅の一室を指すもので家全体ではないと案内のおじさんが言っていた。
鈴屋
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 何人の門下生がここから旅立っていたのだろうか?

築城名人 高山右近が造った利長の隠居城

高岡城

 富山県高岡市古城にあった平城

 初代加賀藩主・前田利長が居城である富山城を大火で失ったため、新たな隠居の場として築かれたのがこのお城。

 縄張(設計)は当時の前田家の客将だった高山右近と言われている。
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 キリシタン大名としても有名な高山右近 伴天連追放令で信仰を守ることと引き換えに領地と財産をすべて捨てた人

 利長が死去したため、隠居城として使われたのは5年ほどの短期間で、完全な完成前に一国一条令によって廃城となっている。
 現在、城跡は高岡古城公園(たかおかこじょうこうえん)として整備され、市民の憩いの場となっている。


本丸跡
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 市民の広場になっている。

本丸の井戸
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二の丸跡
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 市民会館になっている。


土橋の石垣
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 本丸と二の丸を結ぶ土橋


三の丸(民部丸) 民部の井戸
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 この奥が三の丸(民部丸)


鍛冶丸と明丸(現在は動物園)間の水堀
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 この城は約3分の1に及ぶ広大な水掘りが現在も良好な状態で保存されている。

馬の蹄跡から湧きだす名水(瓜裂清水)

瓜裂清水(うりわりしょうず)

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 富山県砺波市庄川町金屋にある名水

 およそ600年の昔、綽如上人がこの地で休息された折り、連れた馬の蹄が突然陥没し、跡から清水がこんこんと湧き出て、その水の冷たさに瓜が自然に裂けたといわれ、上人は自らこの水を「瓜裂清水(うりわりしょうず)」と命名したとの言われがある。と説明看板に書いてあった。
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水汲み場
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 この中に馬の蹄の形をしたがあり、その中から水が湧き出している。

長寿の霊水(穴の谷の霊水)

穴の谷の霊水(あなんたんのれいすい)

 富山県中新川郡上市町にある名水

 穴の谷(地元のひとは「あなんたん」と呼ぶ)の洞窟には白蛇が棲むとされ、人々は近寄ることを恐れたが、江戸時代、美濃国の白心法師がこの地で修行して以来霊場として知られ、多くの修行僧や参詣人が全国から訪れるようになったとして有名な穴の谷霊場
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 穴の谷は砂岩と粘板岩でできた3つの洞窟からなる。薬師如来の祭られた第一の洞窟の右手から湧き出ているのが穴の谷の霊水で「名水百選」のひとつでもある。この水には不純物の混入がほとんどないため腐りにくいとされ、酒、醤油などの製造にも利用されているとのこと。

 駐車場(料金500円なり)に車を停めて参道を歩くこと約10分で・・・
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 参道沿いには石像が数多く並んでいる。これは全国の参拝者から送られた感謝の形らしい。

 階段にいたる。
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 108段あるこの階段を降りると谷間に薬師観音堂があり、そこにまつられた薬師如来像横から尽きることなく湧き出る水が穴の谷の霊水だ。
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 この水は、難病に効く霊験あらたかな霊水とされ、日々参詣者が絶えることはないとのことであるが、この日は土砂降りで、さすがに誰もいなかった。

黒部立山連峰の恵み

黒部川扇状地湧水群

 黒部川扇状地の扇端部の湧水群
 名水の源となる黒部川は鷲羽岳に源を発し、立山連峰後立山連峰の間にV字形の深い谷を刻んで富山湾に注いでおり、温泉で有名な宇奈月町を要として、典型的な扇状地を形成(日本一の大きさらしい)しています。
 その扇状地では、いたるところ(約600か所)で伏流水となって湧き出し、人々の生活に利用されており、うち10ヶ所は一般にも無料開放されています。
 黒部川右岸にある「杉沢」や左岸の生地地区を中心とした湧水群などが有名です。

杉沢
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ココで育った杉は、伏条現象を特性とし「沢スギ」として国の天然記念物に指定されています。


生地(いくじ)の清水
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 肝心の水が殆んど写っていない・・・

 JR西日本 北陸本線の生地駅前にあり、その昔、蒸気機関車の給水にも使用されたらしい。
 生地(いくじ)地区は、家と家の間や細い小路など、至る所で湧き水があり、地域の人たちの共同の洗い場として、野菜を洗ったり、冷やしたりする姿が見られマス。

 その他にも、いろいろな場所で湧水の汲み場が見られます。

くろべ名水公園(左岸)
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入善の湧水(右岸)
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春日山に築かれた要塞

春日山城(かすがやまじょう)跡

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 御存じ、上杉謙信の居城

 上にあるのは上杉謙信公の像
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 新潟県上越市中部にある春日山山頂に築かれ、天然の要害を持つ難攻不落の巨大山城
 ちなみに、「春日山」の名称は、奈良の春日大社から分霊勧請(かんじょう)した春日神社に由来するらしい。

 山頂の本丸を守るように、山全体に多数の曲輪や「直江屋敷」などの家臣団屋敷もおかれ、土塁空掘り要塞化されている。


春日山神社 
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 ふもとにあり、謙信公を祀っているが、次代の景勝が米沢に移封されたのに合わせ、謙信公の祀堂も移されているため、この神社の謙信公は山形県米沢市の上杉神社より分霊されたもので歴史は浅い。


千貫門跡
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 どの絵図にも描かれている有名な門跡

毘沙門堂(復元)
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 謙信公が出陣前に戦勝祈願したらしい

直江屋敷跡
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 あの直江兼続も住んでいた場所 

本丸跡
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本丸跡より望む直江津
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天守跡
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井戸丸跡
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 今も満々と水をたたえる大井戸である。

 なんせ、堀や土塁の規模が半端なく、いたるところに仕掛けもあって、私がであったなら見事に翻弄されていたところだろう。

R12C 日帰りツー (お久しぶりネ)

 少ししく感じるようになってきたんと違う?
 思い切ってに出よう!
 ・・・っと久しぶりにバイクった。
 今日の目的地はココ
松阪城跡 です。
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 これで近畿の100名城はすべて制覇だ!!
 って言うか、三重県って近畿なの?それとも東海? 二通りの取り扱いをされる三重県なのでした・・・


 今日も朝一で、お天道様より早起きして出発したので時間に余裕がある。
 チョット寄り道でもするかと、向かったのが奈良県の曽爾村

 何故、曽爾村か?
 それは秋の気配を感じるため・・・・

曽爾高原
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 一面のススキの草原で有名であるが、まだまばら・・・やっぱ、ちょっと早い!

 それと紅葉で有名な2か所

屏風岩
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 紅葉がなくても絶景です。


小太郎岩
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 こちらも当然、紅葉などあろうはずもないが、麓を流れる渓流はとても澄んで綺麗だった。
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 結果的に秋の気配など感じることができず(この日の気温も33度で、汗だく)に寄り道が終わり、松坂城を見学し、当然ながら写真を撮りまっくったのであるが、石垣の素晴らしいお城であった。

 その後、藩士の居宅であった
御城番屋敷 に立ち寄り
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 今も、子孫の人が管理し、何戸かは借家として利用されているらしい。

旧松坂の街並みを見学
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 この街道には
本居宣長宅跡
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 などもあったが、腹がへった私にはこちらが気になって仕方なかった・・・

牛銀本店
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 松阪牛・完全に仲居さん任せのスキヤキ・・・ヨダレが止まらんゼ・・・・

 「すき焼き食いたいな~」と思ったが、財布を覗いてあきらめた・・・
 腹一杯食べたら諭吉君何人とオサラバしなければならないか・・・
 そうだ!食べるんだったら家族全員で来よう!!
 今日のところは、すき家で我慢だ!
 

末代まで伝えたい風景(まつだいの棚田)

まつだいの棚田

 新潟県十日町市(旧松之山町)松代地域にある棚田
 この地域には、いっぱい棚田があるけども、その中でも

星峠の棚田が有名。
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 やっぱり4月から5月頃の水鏡がいいね
 
 それは何故かと言えば、2009年NHK大河ドラマ「天地人」のオープニング映像にも使用されたことのあるからだ。
 観光バスでツアー客がやってくることもあるらしい。
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 美しい棚田風景だけど、過疎・高齢化・後継者不足などで農地として、また景勝地としての維持が困難になりつつあるという。十日町市では、日本の原風景「棚田」を守る「まつだい棚田基金」を設立しているとのこと。
 「まつだい」だけに、これから先の代まで引き継ぎたい風景ですので、是非、興味のある方はこちらまで⇒
http://www.city.tokamachi.lg.jp/page/40310100010.html

龍神様の眠る池

龍ヶ窪の水(りゅうがくぼのみず)

 新潟県中魚沼郡津南町にある名水。
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 水源地 とても澄んだ池

 自然豊かな森の中にあり、古より神域として大事にされている場所です。豊富な湧水は、コシヒカリなどの農業用水や融雪水として利用されています。

龍神伝説 
 昔、干ばつのために食料に困った村人が龍の卵を盗み、卵を割ろうとしたところ怒った母龍が村に仕返しにやってきた。「子供だけでも助けて欲しい」という村人の心に打たれ、3日3晩雨を降らし続け、この池を作り、「この池は、お前たちの美しい心の象徴だ。しかし、人の心の曇る時、この池は涸れてしまうであろう。」と龍が言い残して消えました。村人は、この池を「龍ケ窪」と名づけ大切にし、神社を建てて龍神様をお祀りしたとさ。っと書いてある説明文をかいつまむとこんな感じ。

水源地の奥にある神社
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 奥の龍神様として祀られている。

 水汲み場は2か所あり、
 先ず、駐車場からウッドチップが敷き詰められた林道を進んで最初に目に入ってくるのが龍の形をした汲み場
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 そこから少し行くと水分れがあり
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 さらにその先に左手にある龍ケ窪神社
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 ふもとにも汲み場がありました。
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 どうやら、2つの集落がこの水源を守っているらしく、それぞれが神社を建てているようだ。

輝く水

杜々の森湧水(とどのもりゆうすい) 

 新潟県長岡市西中野俣にある名水。
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 よく見れば石の隙間から水が湧き出している。

 
 樹齢数百年の古木が立ち並び、古来より住民の信仰の対象となってきた
杜々の森
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 森の裾から湧き出る清水は、周辺地域の飲用水や灌漑用水などとして大切に使用され、錦鯉の養殖や冬季の融雪水としても活用され、森全体を杜々の森名水公園として皆に親しまれている。
 自然豊かな公園内には52種もの多数の鳥類が生息し、新潟県の自然環境保全地域特別地区に指定されています。
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奥州関門の名城

白河小峰城(しらかわこみねじょう)

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 単に白河城とも小峰城ともいう。
 この城を奪い合い、戊辰戦争の戦局に大きな影響を与えた白河口の戦いは有名。
 そういえば新撰組の沖田総司は白河藩の出身ではなかったか?

 2011年3月11日に発生した東日本大震災で、三重櫓の崩壊には至らなかったものの、数箇所の石垣・曲輪や有名な白河バラ園や公園・石碑等も崩壊し、現在は本丸への立ち入りは禁止となっていた。

本丸の高石垣
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三重櫓
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 複合式層塔型3重3階の櫓で、当時は「三重御櫓」と呼ばれた実質的な天守
 手前が前御門。その前の崩れた石垣が痛々しい。

藤門跡からの三重櫓
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会津門跡
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 この城の隠れたポイントが清水門を入った突き当たりの高石垣に渦巻き様に積まれた鷹の目のような模様があることだが、残念ながら見ることができず、ボランティアガイドのおじさんに写真だけ見せてもらった。
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 わかるかな~

 崩れた石垣は写真のように太鼓門跡付近に保管されている。
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 2011年秋から修復工事が行われているが、完全な復旧には5年程かかるそうだ。

 この地も再来心に固く約束したのである。

少年たちが命をかけて守ろうとした山頂の城

二本松城

 別名、霞ヶ城白旗城

 平山城で、現在は「霞ヶ城公園」として、箕輪門や山上の本丸には天守台石垣が復元されている。

本丸石垣
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天守台
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東櫓台(天守台から)
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西櫓台(天守台から)
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多聞櫓(左)・箕輪門(中)と二階櫓(右)
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箕輪門
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二の丸大石垣
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三の丸高石垣
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搦手門跡
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二本松少年隊像(箕輪門手前にある)
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  二本松藩は戊辰戦争で奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と戦ったため、手薄になった攻城戦においては有名な「二本松少年隊」と呼ばれる少年兵も動員されている。
 少年隊はいずれも12から17歳の少年で、隊士の後方には出陣服に藩主の家紋を縫い付ける母親の像もある。
 説明文を読んでたら涙が出てきた。

 本丸下の元砲術道場跡に少年隊顕彰碑が建てられ、裏面には出陣した二本松少年隊の62名が刻まれている。
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戊辰戦争に耐えた堅城

戊辰戦争・・・
山本(新島)八重・・・
白虎隊・・・
 ピンポ~ン そうです会津若松城です。
 別名 鶴ヶ城
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 天守閣 南側

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 天守閣 東側(本丸から)

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 天守閣 北側
 みがかった屋根瓦が映えて、とても美しいお城だ。

 戊辰戦争後の天守閣はこのような状態だったらしい。
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 新政府軍の猛攻にズタボロだけど、立派に耐え忍んだのである。
 明治7年に全て取り壊され、現在のものは復元であるが・・・

鐘撞堂
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 敵(西軍)の集中砲火を浴びたが、正確に時を報じ味方を励ましたとか・・・

武者走り
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 本丸帯曲輪の太鼓門への緊急出動用階段

鉄門(表門)
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 本丸帯曲輪から本丸の奥御殿に通じる多聞櫓門

廊下橋
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 本丸と二ノ丸を繋ぐ橋

月見櫓跡
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茶壷櫓跡
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荒城の月 碑
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 「春高揚の~」この歌は、鶴ヶ城と青葉城をモチーフに作詞されたものらしい。

天守閣から見た
走長屋・鉄門・南走長屋・干飯櫓(手前から順に)
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飯盛山
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 ご存知のとおり、白虎隊 隊士の集団自害の場
 若き隊士がどんな思いで死んでいったのだろうか?
 
 

森林に潜む名水(小野川湧水群)

 小野川湧水群

 裏磐梯の磐梯朝日国立公園にある「小野川湖」の源流である小野川に点在する湧水群。(ホテル グランデコ周辺になります。)
 
 代表的なのが「百貫清水」で、その底から新鮮な湧き水が砂を巻き上げながら噴出しています。この泉は百貫以上の価値があるといわれたことが命名の由来。

 小野川不動滝 入口
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 こちらに車を止めて、林道を登っていくと30分ほどで
不動滝
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   ※ 落差20m以上と思われる名瀑 

 さらにジャングルような林道を登って行き、約2時間かけて巡った
入の滝

百貫清水

笹清水

の写真が写っていない・・・・

 ココに写真を載せるべく、また来ることをったのでした。

会津藩を守り続けた名水(磐梯西山麓湧水群)

磐梯西山麓湧水群

 代表的なのは龍ヶ沢湧水で、他にもたくさんの湧水があります。
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 龍ヶ沢はその昔、会津藩により大規模な雨乞いの儀式が行われたとされ、近年も干ばつの時期でも湧水が枯れることがないと言われています。
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 龍ヶ沢清水の湧水は磐梯山慧日寺資料館庭園へ引水されて、たくさんの人が訪れるそうです。

慧日寺金堂 
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 ここから山道を約30分歩いたところに湧水があります。

 何れの写真も夜中に慌てて撮ったので、手ぶれが酷い・・・

プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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