勝頼公がこちらに来ていれば歴史は変わった?

岩櫃城(群馬県吾妻郡東吾妻町 平成28年5月18日訪問)

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 真田丸のオープニングで見たことのある岩櫃山
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 の東側に位置したお城で、甲斐の岩殿城、駿河の久能城と並んで武田領の3名城と称され、真田幸隆、真田昌幸が城主をつとめた城としても知られています。
 築城時期および築城者については諸説ありますが、1405年(応永12年)に斎藤憲行が築いたとする説や真田氏による築城だとする説もあります。
  沼田を真田氏が攻略したのちは、その支城として扱われました。
  織田信長による甲州征伐の際、昌幸は武田勝頼に新府城から岩櫃城に逃るよう奨めたものの、勝頼が小山田信茂の岩殿城へ逃げることを選んだため武田氏は滅亡しました。(このへんは「真田丸」でやってました。)
 その後、真田氏は豊臣秀吉や徳川家康に従属して大名として生き延び、岩櫃城も存続しましたが、幕府よる一国一城令により廃城となりました。

堅掘
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中城跡
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二ノ丸跡
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二ノ丸と本丸 間の
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本丸跡
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小田原征伐の引き金となった小さな山城

名胡桃城跡平成28年5月18日訪問 ※ 早くしないと1年越しになってしまう…

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 ※ 本郭にある石碑

群馬県利根郡みなかみ町(旧月夜野町) 

 東西を山に囲まれたこの辺りは、鎌倉時代から戦国時代にかけて沼田氏が支配していたが、戦国時代の天文の頃、小田原の北条氏が進行し支配する。
 続いて永禄3年(1560)越後の上杉謙信が三国峠を越えて進攻し、沼田城を手中にするが、天正6年(1578)上杉謙信が春日山城内で急死すると、再び北条氏が沼田に進攻し、北条氏の支配となる。
 その後、武田勝頼の命により真田昌幸が吾妻の岩櫃城、利根に入って名胡桃城を始め山城や砦を攻略し天正8年沼田城を調略し、勝頼の死後、一時的に織田方の滝川一益支配となるが、本能寺の変を機に昌幸が上手に奪還。
 その後、真田氏と北条氏の間で攻防が続くが、真田丸で言うところの矢沢のお叔父上が護り続け、その後、天正17年(1589)、関白豊臣秀吉の調停で東と赤谷川の左岸を北条領、西(名胡桃城)を真田領とする裁定を下したが、北条氏の沼田城代となった猪俣邦憲が調略により名胡桃城(城将の真田昌幸家臣 鈴木主水は割腹)を不法に攻略してしまった。
 この名胡桃事件に激怒した秀吉は、大名間の私闘を禁じた惣無事令に反したとして、天正17年11月北条氏に対して戦いを宣し(宣戦布告)、全国の大名に命じて小田原攻めを開始し、天正18年小田原の役が勃発した。 名胡桃城は、北条氏の滅亡後、役割を終え廃城となった。
 という歴史から、戦国時代の終焉を呼んだ城とされている名胡桃城です。

 連立式の山城で、駐車場からまわった順に紹介すると、

馬出
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 ※ 三の郭前にある出丸のようなもの。

この土橋の先が三の郭
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 ※ 先に二の郭が見える

 三の郭と二の郭の間(二の郭南虎口)は喰い違い虎口となっている。
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 あいだの堀切
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二の郭
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 ※ 8棟の建物跡が発見されているとか

二の郭北虎口
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本郭
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本郭から見下ろすようなかたちで、北側にささ郭がある。
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 ささ郭は本郭の出丸のようなもので、見晴らしがく、沼田城も見渡せたようだ。
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 ※ 正面が関越自動車道 月夜野I.C、右側が沼田城跡

 綺麗に整備され、散歩にもよいお城だと思った。
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 ここにも「真田丸」効果が…

上田合戦の引き金となった上野の名城

沼田城
 群馬県沼田市(平成28年5月18日 訪問)

 沼田城は天文元年(1532)に沼田万鬼斎顕泰が築き、当時は蔵内城と呼ばれていました。天正8年(1580)に真田昌幸が入城し城の規模を広げ、天正18年(1590)に昌幸の長男信幸()が沼田領二万七千石の初代城主となり、慶長2年には当時の江戸城に次ぐ五層の大天守を建造したらしい。
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 ※  上野国(こうずけのくに)沼田城絵図にも5重の天守が

 その後5代91年間の真田氏の居城となりましたが、天和元年(1681)、5代信利が江戸幕府に領地を没収され、翌年1月に沼田城は幕府の命により完全に破却、その後天守が再建されることはありませんでした。
 現在、城跡は沼田公園となっていますが、石垣の一部など遺構を次のとおりわずかに確認することができます。

 発掘された西櫓台にともなう石垣石段
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 出土した瓦から真田氏時代の遺構と考えられる。真田氏改易後、沼田城は破却されたが、地下に眠っていた石垣が300年超を経て発見された

本丸跡
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鐘楼
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 ※ 廃城により取り壊されたが、明治に入って修復。時の鐘として親しまれた。

平八石
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 真田昌幸が沼田城攻略の際に謀殺した、沼田氏12代顕泰の側室の子・沼田平八郎の首級を置いたと伝わる石。昌幸が首実検をしたと伝わる。
 
 その他には「真田丸」では吉田羊さんが演じた小松姫と仲良く並んでいる信幸信之)像が印象的だった。
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 沼田市観光協会が寄付金などで作ったつくった信之(信幸)(右)と妻・小松姫の石像。ほぼ等身大で台座には真田家の家紋「六文銭」が彫られている。

 遺構そのものよりも、目もくらむような崖端に築いた、地の利を生かした立地条件がスバラシイと思った。
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 ※ 沼田公園から市街地を見下ろす。台地の突端に築かれた立地がわかる。

突貫工事と言うにはあまりに大きな秀吉の城

石垣城・一夜城
 神奈川県小田原市早川 (平成28年 5月15日訪問)

 御存知、秀吉小田原征伐の際に、その本営としていたお

 総石垣の城を築いたため石垣山と呼ばれるようになったとか。
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 一夜城とのことであるが、実際は約80日を費やして完成されたと説明がなされていた。
 それでも今では考えられないくらいの突貫工事であるにもかかわらず、石垣や櫓を備えた本格的な「近世城郭」でありました。

 石垣は秀吉お抱えの近江の穴太衆による野面積みで、
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 度重なる大震災にも耐え、今日までその面影を残しています。


 その遺構


二の丸跡
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 二の丸(馬屋曲輪)は、本丸と並んで最も広い曲輪で、伝承によれば、馬屋が置かれ、本丸よりには「馬洗い場」と呼ばれた湧水もあったとのこと。

本丸跡
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 本丸から望む小田原方面
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 ※ 左端中央部に小田原城が見える。

天守台跡
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南曲輪跡
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 80日で述べ4万人が動員されたと言う突貫工事。なしえた秀吉の権力を感じることができるお城です。
プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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