征夷大将軍の眼病を治癒させた名水

渾神の清水(いがみのしっこ)

 青森県平川市(平成28年11月9日 訪問)
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 ※ 季節感の全くない写真で申し訳ないが…

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 渾神の清水は平安時代の武官である、坂上田村麻呂に所縁のある名水です。
 平安初期に坂上田村麻呂が征夷大将軍として東夷征伐でこの地を訪れた際に、眼病を患ってしまうが、夢の中に現れた神に「この先の清水で眼を洗えばたちまち治る」と告げられ、この清水で洗眼したところ、たちまち治癒したとの伝説により、「霊泉」としてられたのが渾神の清水(いがみのしつこ)です。
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 りんごの里としても知られる平賀町にその湧水はあり、今でもその清らかな水が石造湧水口から噴出しています。
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 本当はこのように湧水口がはっきり判るのだけど、水没し隠れてしまっている。
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 ※ これはネットからの借用写真

津軽藩の生活用水

富田の清水

 青森県弘前市紙漉町(平成28年11月9日 訪問)
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 弘前市の中で津軽藩の城下町の趣きを今に残す「紙漉町」の町名は、この湧水で藩の御用紙を漉(す)いたことに由来すると言われています。
紙漉きの始まりは、貞享3年(1686年)頃に、弘前藩主であった津軽信政が和紙職人の熊谷吉兵衛を招き、吉兵衛が紙漉き法を伝える際にこの清水を利用したとのことで、湧水のあった土地の旧名が「富田村」であったことから、「富田の清水」と呼ばれるようになったそうである。

 昭和初期まで製紙に使用された後、今もなお生活用水として利用されています。

 弘前の市街地にその水屋があり、中に並ぶ6つの水槽は飲用から洗濯までそれぞれ用途が決められていたといい、お茶や料理に使うため地元の人々が日常的に汲みに訪れています。
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 ※ 奥が飲み水

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 ※ 奥が洗濯用水

したたかな津軽氏が建てた 東北を代表する名城

弘前城

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※ 満開の桜と天守 岩木山をバックに。 綺麗だがネットから借用…

 青森県弘前市(平成28年11月9日訪問)

 隣接する南部氏の家臣であって、その支配を嫌い独立した津軽為信が小田原攻めの際に上手く秀吉に取り入って4万5千石を安堵、弘前藩を開くのであるが、その居城として建築されたお城である。
 完成を見ることなく為信は世を去るが、跡目を継いだ2代目藩主 津軽信枚によって1年後に完成したその城は30万石の大名に匹敵するほどの広大な規模となった。

南側の市役所近くにある駐車場に車を停めて大雪の中を歩いて行く。
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 ※ 既に傘が潰れているような…

外濠(堀)を歩くと
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 ※ 桜並木が続く。春は綺麗だろう…

 濠が段チになってそこに
追手門が現れる
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 ※ 外側

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 ※ 内側

 北進し内壕に至ると紅葉が積もって綺麗だった。
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 その左側には二の丸に至る「杉の大橋」が見えた。
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 渡るとスグに二の丸に入る大きな門が見えてくるが、それが
南内門
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 ※ 外側

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 ※ 内側(二ノ丸側)

 この門周辺の紅葉も綺麗で写真を撮る人が門の下に陣取って正直「邪魔」だった。
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 ※ 全く動く気配が無い

二ノ丸跡
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 ※ 私の傘をぶんどられた。

 北進すると内濠に至る。
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 ※ 本丸に至る下乗橋が見える。

下乗橋
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 ※ 橋越しに天守が見えた。

 橋から天守台を撮影するが、この石垣が今、100年ぶりの修理のために、天守閣は移動され乗っかっていないし、堀にも水がない。
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 本丸に入って、天守閣を見る。
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 当初の天守閣は五重であったらしいが、落雷で焼失し本丸東門の隅にあった三重櫓を改築し天守としたとのことである。

 城内にある本丸の模型
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 本丸北側(天守閣と対角に位置する)にあった
 戌亥櫓は休憩所(東屋)になっている。
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 この東側に北の郭に渡る鷹丘橋が見える。
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 ※ 橋の向こうに武徳殿が見える。

北の郭跡
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鷹丘橋
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武徳殿
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 ※ 演武場であったが今は休憩所になっている。

 北の郭を東に進むと中濠に至り、丑寅櫓が見える。
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 そこから北進し賀田門跡の枡形を通り過ぎれば
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 四ノ丸に至る。

 四ノ丸では護国神社
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北門(亀甲門)を写真に撮った。
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 ※ 内側

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 ※ 外側

 この北門を出れば外堀に架かる亀甲橋に至り場外へ…
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 ※ 亀甲橋から外堀 春は桜が綺麗そうだ。

 ココから南に進み、再度、二ノ丸に至る。

与力番所
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東内門
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 ※ 内側

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 ※ 外側

 東門をくぐると三ノ丸に続く。
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 ※ 奥に東門が見えるが、写真を撮り損ねた。

 最後に二ノ丸南側にある未申櫓を撮って駐車場に戻った。
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 どうやら辰己櫓も撮り損ねているようだ…
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 ※ ネットから

 桜のシーズンか天守が屋台曳きで元に戻されるときにまた訪れたいものだ。

残念なお城 

久保田城
 
 秋田県県秋田市(平成29年11月9日 訪問)

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  ※ 御隅櫓

 久保田藩主 佐竹氏の居城。

 佐竹氏は清和源氏の流れをくむ名門ですが、関が原の戦いでの中途半端な行動で家康に睨まれてしまい、常陸からこの地に移封されます。
 その時の藩主、佐竹義宣が1604(慶長9)年に築城たのがこのお城。
 標高40mの神明山に築かれた平山城で、天守と石垣は当初からありませんでした(虎口や土塁の基底部には石垣を使用しています)。
 現在は千秋公園として整備され、土塁、堀などが残っています。


表門(一ノ門)
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 ※ 外側

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 ※ 内側

紅葉が綺麗だった。
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 この門は本丸の正門で、木造2階建て瓦葺きの櫓門。2000(平成12)年に復元されました。

御物頭御番所
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 久保田城唯一の現存建物で、城下の警備や火災の消火を担当した御物頭の詰所として使用されました。


本丸跡
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 本丸内にある八幡秋田神社は 初代藩主佐竹義宣公を始め歴代の藩主が祀られている。
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二ノ丸跡
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中土橋櫓通りをはさんで
右側が、
大手門の堀
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左が
穴門の堀
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 ともに三の丸水掘りであり、広く城域を囲んでいた。

 最後に残念なお知らせである。

 最初に紹介した写真の御隅櫓なんだけど、市制100周年を記念して1989(平成元)年に復元されたとのことであるが、三重四階の構造で建てられたものの、当時の建物は二重櫓であったと書いてある。
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 これって復元じゃないよね!

 詳しく読めば、「当時の二階造りを元に市街地一望できる展望室えた」と書かれているけど…

展望室からの眺め

南側
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西側
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北側
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東側
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 この景色と引き換えに、嘘をついてはいけないと思うのは私だけじゃない筈だ。
 

東北を代表する水の郷(百清水の里)

六郷湧水群(ろくごうゆうすいぐん)

 秋田県仙北郡美郷町六郷(平成28年11月9日 訪問)

 六郷は奥羽山脈と出羽山地に挟まれた盆地にあり、奥羽山脈を水源とする小河川が扇状地を形成して街中に豊富な水が湧き出しています。

 六郷と言うくらいだから、6つの湧水と思いきやそのいこと。
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 現在は60余りで湧水が確認できるとのことで、昔はもっと多く、百清水と呼ばれていたらしい。

 六郷の湧水群には、それぞれの湧水に名前と由来があるようで、有名な藤清水は傍らの藤棚が見事なことからそう呼ばれていますが、かつてはこの地に佐尾家の蔵が3つあったことから、当時は三蔵清水と呼ばれていたそうだ。
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 ハタチや清水は太平洋戦争後に、この清水の周辺に「ハタチや」という店が酒類などの店舗を出していたことからその名が付いたとか。
 酒店敷地内にある清水であり、現在ではこの水を使って販売する酒類やサイダー、ジュースなどを冷やしているとのことであるが、写真のとおりともすれば排水溝と見間違えそうな構造でした(ご免なさい)。
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 ※ 扉を「ガラガラ~」と開けると

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 ※名水に辿り着く 

御台所清水
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 ※ 秋田藩主が炊事や茶水に使用したとのこと。

キャペコ清水
 「キャペ」とは小さい子供の「おチ●チン」で、形が似ているからそのように名付けられた後に、その末尾に東北特有の「」が付けられたと書かれている。
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 ※ 似てるかな?

ニテコ清水
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 明治天皇が行幸の際に献上されたので「御清水」としても知られている。
 この名水で造られたニテコサイダーが名水庵で販売されているらしいが、「営業中」と書かれているものの、扉はめられていた・・・
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宝門清水
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 ※ また写真で説明を省略

浄海清水
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台蓮寺藤清水
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側清水(がわしみず)
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横に地蔵さんがあって、こも清水を塗るとイボが治るとのことから「イボとり地蔵」と言われているらしい。
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 まだ沢山の場所を訪れ写真もあるのだが、ほとんど溜池のようなものなので、あとは省略と言うことで…

プロフィール

しんのじ

Author:しんのじ
 「私、50にして天命を知らず。」
 彷徨い続けるオヤジのブログです。
 気長にお付き合いください。

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